肖像画らしきものを油絵具で描きました。そのきっかけについては本ページで書きました。
私には毎週水曜日の午後9時からNHK BSプレミアムで放送される『名探偵ポワロ』を録画して見る習慣があります。
その時間枠で今月の8日に放送されたのは『チョコレートの箱』という話です。これは20年前に起きた事件で、当時、ポワロはまだベルギーで警察官をしていました。
そのポワロがある若い女性から捜査を依頼され、ポワロは私立探偵として初めて事件を調べています。
ポワロに捜査を依頼したのはビルジニーという女性で、それを演じた女優が美しかったので、その女性を描きたくなりました。
ネットの動画共有サイトのYouTubeでそれを演じたのがAnna Chancellorであることを知り、早速描き出したというわけです。
古今東西の画家は肖像画を数多く残していますが、その中で私が最も敬愛するのが17世紀のオランダの画家、レンブラント(1606~1669)です。
そのレンブラントが、どのように肖像画を描いたのか想像してみるといいでしょう。ある人は、肖像の依頼主を画家のアトリエに招くか、画家が依頼主の家を訪問し、その人をカンヴァスの前に座らせたうえで油絵具で描いた、と想像するかもしれません。
数多くの肖像画家がいますから、そのようにして描いた画家もいたかもしれません。強烈な明暗表現をしたバロック絵画の画家、カラヴァッジォ(1571~1610)はモデルにポーズさせて油彩を描いた可能性があります。
それはともかく、油絵具で描くのであれば、即興的に、短時間で描き切ることはできません。
それが訪問先で描く場合であれば、肖像画を注文するぐらいですから、室内は磨き上げられているでしょう。そのような環境で、絵具が床や家具などについてしまっては大変です。
注文主としても、モデルをしながら、いらぬ心配をしてしまいそうです。
そうしたことから、依頼主の似姿は木炭や鉛筆でスケッチすることが多かっただろうと想像します。画家はそれをもとに、カンヴァスやボードに、油絵具で肉付けしていったのではないでしょうか。
レンブラントの画期的な集団肖像画のいわゆる『夜警』と呼ばれる作品には、大勢の人間が登場します。
夜の情景に見えることから、後年、このように呼ばれることになりましたが、正しくは『フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市民隊』(1642)と呼ぶべき作品です。
作品の表面を保護するために塗布したワニスが長い時を経るうちに黒ずみ、それで夜の情景のように見えることになっただけです。
あの絵を描くのに、登場人物すべてを自分のアトリエに招き、それぞれの人間に絵にあるようなポーズをさせて描いた、と想像する人はいないでしょう。
スペイン王室の宮廷画家、ベラスケス(1599~1660)が王女と侍女たちを描いた『ラス・メニーナス』(1656)も、それぞれの人物を個別にスケッチし、それらを一枚の大きな作品の中に配置して仕上げているはずです。
一旦更新したあと、この作品の描き方について、映画監督の吉田喜重(1933~2022)が変わった推測をNHK教育(Eテレ)の美術番組「日曜美術館」で披露したことを思い出しました。
この作品は、部屋の奥に小さく見える鏡が、本作を理解する上でのポイントです。その鏡に映るのは王と王妃で、画面の向かって左隅で、ベラスケス自身が大きなカンヴァスに向かっていることから、彼が王と王妃を描いている情景であることがわかります。
ベラスケスの周りにいる王女や侍女たちは、王と王妃がモデル役を退屈しないよう、楽しませるためにそこにいるのです。
そして、王と王妃がモデルをする位置にこの絵の鑑賞者が立つことで、鑑賞者に独特な感覚を与える、というのが一般的な解釈です。
吉田監督はその見方を捨て、絵に登場する人間すべてが入る大きな鏡を立て、皆ででポーズをさせているのだ。一般的に王と王妃が映る鏡といわれているものは、鏡ではなく絵だ。とご自分の想像を披露したのです。
ここまでの中で書いたように、ひとりの肖像画であっても、カンヴァスの前でモデルをしてもらって油絵具をつけることは少なかったのではないかと考えられます。
ましてや、登場人物の多い作品は、それらの人物すべてに一斉にポーズをつけて描くことは、現実的ではありません。
吉田監督の想像は想像で面白くはありますが、あり得ない想像です。ベラスケスが自分自身を描くのに鏡を利用することはしたでしょうけれど。
写真が発明されてからは、スケッチの代わりに写真が使えると考え、実際に使う人もいる(?)かもしれません。しかし、写真を使うことはまったく賛成しません。
写真を見て写真のとおりに絵を描くのであれば、写真のコピーにしかならなくなり、絵を描く意味がありません。
写真があろうとなかろうと、描く対象があれば、それを自分の眼で観察し、自分の手を使ってスケッチをすべきです。
そのスケッチにしても、写真の代わりにするのが目的ではありません。スケッチをする行為は、対象となる人や物を、自分の中に取り込むのが唯一最大の理由です。
その結果としてスケッチが残るだけの話です。見ただけで記憶できればいいですが、記憶できる人ばかりではないので、覚え書きのようにして、スケッチを残すのです。
もしも色が重要であれば、色だけをスケッチのように残すことも必要となります。
結局のところ、それらを、スケッチという行為をすることで、しっかりと記憶をするのです。
あとは、対象となる人や物、あるいは風景を自分の中に「再現」し、カンヴァスなりボードなりに、油絵で描くのであれば、その絵具を使って定着させていきます。
今回私が描いたのはAnna Chancellorという女優です。彼女のスケッチを鉛筆でスケッチしながら、この女優の特徴を憶えることをしました。
そのあと、そのスケッチを参考程度に見ながら、油絵具で色と質感を表現しました。

油絵具をつけては乾かしながら、都合、四、五回程度手を入れています。出来上がった絵を見ると、Anna Chancellorにはあまり似ていないように思わないでもありません。
それはそれでかまわないです。これは注文された肖像画ではなく、彼女を「使って」女性の肖像を描きたかったからです。
レンブラントの作品に『ユダヤの花嫁』(1665)と通称される作品があります。そこに描かれる男女にはモデルがいたのかどうかわかりません。いたとしても、そのモデルにそっくりである必要はありません。
レンブラントが描きたいものがえがけていればそれでいいことです。
今回の絵を描きながら、学べることがいくつかありました。そのひとつは、色の作り方です。
出来上がった絵を見ると、パレットで作った同じ色が、様々なところにつけられているのがわかります。このように、ある特定の色を混色によって作りながら、それが使えそうなほかの部分にその色をつけているのが自分でも確認できます。
このような描き方は、レンブラントの画集を何度も見て、学び取ったことのひとつです。実際、レンブラントの作品を見ると、こんなところにこんな色が、と思うことが繰り返しあります。
今回の私の絵にしても、女性の洋服のために作った色を、顎の輪郭や、下唇の陰、瞳の中、髪の毛の一部に使っています。
その髪の毛の色ですが、特に日本人は黒いことが多いです。ただ、ありのままに黒く塗ってしまったのでは、黒は絶対的な色ですから、髪の毛が重く見えてしまいます。油絵具は、色をさまざまに変えて塗るのがコツのひとつです。
実際のモデルの髪が黒髪であっても、バリエーションのある色合いにする工夫が必要です。
油絵具の白には何種類かあり、そのうち、私は三種類の白を試しながら使いました。その結果、ホルベインという画材メーカーのパーマネントホワイトが一番使いやすく感じました。
それ以前はセラミックホワイトを使ったりもしたのですが、今回の絵では、パーマネントホワイトの有効性が確認できました。これも収穫のひとつとなります。
この調子で、スケッチをもとに油絵具を描く工程を試しながら実践し、自分のものにしていきたいと考えています。