2003/07/10 映画『talk to her』に見る恋愛の形

のっけから事件の話になってしまいますが、あれは今年に入ってからでしたか、おぞましい事件の報道があったことが記憶に残っています。

東京の上野にある(あった?)整形外科医院で起きた事件です。当医院の医院長が診察に訪れた女性に睡眠薬を投与し、完全に意識を失わせた上で、女性患者の下腹部をいたずらをして逮捕されるという実に破廉恥な事件を起こしました。

この男が悪質なのは、その一部始終をビデオ・カメラに収めていたことです。それが一人や二人ではなかったそうで、相当数の女性が常習的に被害に遭っていたようです。

同じようなケースは過去にもあり、そうした記録ビデオが市場に出回り、問題化したことがあったことも私の記憶に残っています。それにしても、その被害に遭った女性が受ける心的傷はいかばかりでしょうか。

自分が信頼する医師に眠らされて、お医者さんごっこのような真似をされて自身の女性器を弄ばれ、おまけにその辱めを受けるシーンがビデオとなって赤の他人の目に触れさせられているのです。女性にとってこれ以上屈辱的なことはないでしょう。

つい最近でも、早大生を主犯格とする“合コン(強姦?)マニア”グループによる常習化した集団レイプ事件が発覚しています。このケースでも、その場面をビデオや写真に残し、口止めに使ったそうです。いずれの場合も、男性側の一方的な、それも一時的な快楽を満たすための行為で、それによって心に深いトラウマを受ける女性は、一生その心の傷を背負って生きていかなければなりません。

こんなことを書いたのは、昨日見てきた映画に、はじめそのような“匂い”を感じていたためです。

今回見た映画は『talk to her(トーク・トゥ・ハー)』ペドロ・アルモドバル監督/2002年スペイン/113分/アカデミー賞・最優秀脚本賞受賞)といいまして、昨日の水曜日、銀座テアトルシネマは1000円で見られるサービスデイに当たり、それに合わせて見ることを“決意”しました。

今、わざわざ“決意”という言葉を使ったのにはわけがあります。なぜなら、冒頭の事件の話につながる“匂い”をこの作品に感じていたからです。

本作は、予告編という形で以前より知っていました。しかし、それを見せられるたび、「自分はこの映画は見ないだろう」と決めているところがありました。ストーリーはシンプルで、内容は濃密です。

ざっと粗筋を書いてしまえば、交通事故で意識を完全に失い、いつ目覚めるともわからない若く美しい女性を、一人の男性看護士が献身的に看護する、という内容です。問題はその看護の仕方です。こんないい方があるかどうかわかりませんが、「女体フェチ」の雰囲気が予告編からも感じられ、見る前から拒否反応を起こしていたのです。

しかし、この作品への評価は非常に高いものがあり、話題となっていることを知り、自分の目で確かめようと見ることに決めました。

今も書きましたが昨日は映画サービスデイが重なったこともあって、大変な盛況ぶりで、私が見た回も満席となりました。

作品は、本作を象徴するような舞台劇で幕を開けます。

あとで知ったことですが、これはドイツの舞踏家・振付家ピナ・バウシュの『カフェ・ミュラー』の舞台を映像化したものだそうです。舞台には、スリップ姿の二人の女性がいます。彼女らは同じように目が見えないのか、あるいは意識が半分ないのか、壁に向かって歩いていってしまい、そこで壁に遮られて倒れこんでしまいます。

そこへ、一人の男が現れます。彼は、彼女の行く手に散乱している障害物である椅子をことごとく取り除き、彼女の通り道を作ってあげるのです。

その舞台を偶然隣り合わせた二人の中年男が見ています。一人はベニグノ(ハビエル・カマラ)、もう一人はマルコ(ダリオ・グランディネッティ)といいます。マルコは涙もろい男で、その舞台に感激して涙を流しています。この全くの赤の他人だった二人の男は、その後運命に導かれるように宿命的な出会いをし、深い男の友情で結ばれることになります。

作品の主人公は、本編中ほとんど台詞を発しないアリシア(レオノール・ワトリング)という若く美しい女性です。彼女はバレリーナでしたが、ある日、交通事故に遭い、全く意識のない植物になってしまいます。

その彼女を献身的に看護するのがベニグノという独身男です。彼はアリシアのバレエ教室の向かいにあるアパートに住んでおり、いつも窓越しにアリシアのレッスンを眺めて暮らしていました。それは昨今問題となっているストーカーにも似た行為で、彼の盲目的な恋愛です。二人は一面識もなく、アリシアはベニグノの存在さえ知らずにいます。

中年男のベニグノはこれまで恋愛経験のない童貞で、20年間、母親を看護して暮らしてきました。その母も亡くなっています。孤独な男です。その彼の唯一の生きがいがアリシアを遠くから眺めることです。

そんなある日、窓越しに眺めるだけではどうにも我慢できなくなったベニグノは、彼女が帰宅するあとを追います。そんなこととは知らない彼女が、道路に財布を落としてしまいます。彼はそれを拾い、彼女のあとを追います。

やっとで追いついた彼は、人生最初で最後の言葉を憧れのアリシアと交わします。

ストーカーまがいに彼女のあとをつけてきたベニグノにアリシアは不快感を露にしますが、落とした財布を届けてくれたことを告げられ、初めて笑顔を見せます。そのあと、二言三言言葉を交わし、彼女の趣味がサイレント映画を見ることと旅行をすることだということを知ります。

彼女の家に一緒に入りたいというベニグノの申し出を断り、彼女は自宅の中へ消えてしまいます。見上げると、そこはマドリードの広い通りに面した精神科医院で、彼女の父親はそこの医院長です。

その一件のあと、彼女はバレエ教室に姿を現さなくなりました。寂しさと心配で居ても立ってもいられなくなった彼は、彼女の自宅である精神科を受診することにしました。彼女の父親である精神科医の診察を受けたあと、彼女の姿を探していた彼の目に、すりガラスの向こうでシャワーを浴びる彼女の裸身が目に入ってきました。

彼は高鳴る胸を押さえて、彼女の部屋へ入ってしまいます。夢にまで見た彼女のプライベートルームです。彼は、傍らにあった彼女の髪留めを一つ、ポケットに入れてしまいます。その部屋から出る時、シャワーを終えた彼女が、バスタオルもはだけたまま出てきて、彼と鉢合わせします。

その出来事以来、バレエ教室で踊る彼女の姿はなくなりました。

アリシアはそれからほどなくして交通事故に遭い、意識不明となっていたのした。彼女の意識が戻る保障はありません。一生このままかもしれません。そんな状態になった彼女を両親は、24時間完全看護してくれる病院へ預けました。

その病院で、ベニグノが看護士として彼女と再会したのです。以来4年間、彼はこれ以上ないほどの献身的な看護を彼女に施すのです。

ベニグノにとっては天が与えてくれた至福の時です。信じられないことに、今、自分の目の前には憧れの彼女がベッドに横たわっており、四六時中飽きるほど彼女を見つめることができ、彼女の身体に触れることができるのです。

彼は毎日、彼女を裸にして全身を隅々まで綺麗に拭きます。そして、月に一度必ず訪れる月経の処理も行います。こうした点こそが、まさに私に嫌悪感を抱かせた箇所で、そこにはどうしても冒頭で触れた破廉恥医師の事件が重なってしまいます。

仕事がオフの時間も、彼の心はアリシアと共にあります。生涯でたった一度交わした会話で聞いた彼女の趣味であるサイレント映画を見ることが今では彼の唯一の趣味となっています。

その日もサイレント映画を一本見ました。それが哀しい話で、天才科学者の女性に惚れ込んでしまった男が、彼女が研究中の秘密の薬の実験台をかって出ます。ところが、その薬を一飲みした男は、日増しに身長が縮む症状に陥ってしまい、ついには一寸法師のようになってしまいます。

それでも、そのことで彼女といつも一緒にいられる男は満足でした。ある夜、ベッドで眠る裸の彼女に興奮を覚えた男は、彼女の裸身によじ登ります。そして、胸から足元の方角を見ると、こんもりとした茂みが見えます。

そこは彼女の女性器で、男はそれを撫で回したり、腕を挿入したりしてみます。そして、とうとう我慢できなくなった男は、自ら一糸まとわぬ姿となり、女性器の奥深くへと進入していってしまいます。男は二度と彼女の身体から出てこれなくなったのでした。

その映画を見たあと、ベニグノの心理に変化が表れたに違いありません。それから数カ月。毎月決まって訪れていたアリシアの月経がピタリと止まってしまいます。お腹も心なしか膨らんでいるように見えます。検査の結果、彼女が妊娠していることがわかります。

どうやら、妊娠させた張本人はベニグノのようです。

ベニグノはいつも彼女の傍に寄り添い、聞こえるわけもないのに自分が見た映画の話や天気の話など、何でも彼女に話してあげます。天気の良い日にはベランダに連れ出し、日光浴をさせます。また、伸びた髪まで器用に切り揃え、愛する彼女がいつ目を覚ましてもいいように美しく整えることに心血を注ぎます。

同じ病院に、同じように植物人間となった女闘牛士が担ぎ込まれます。彼女に付き添っているのは、オープニングのシーンで、隣りあわせで見劇し、涙を流していた中年男のマルコです。彼はベニグノとは正反対で、意識の戻らない彼女の身体に触れることにさえ拒否反応を示します。そして、アリシアに盛んに話しかけるベニグノが不思議でならないようです。

映画がこのあとどのような展開になり、どういった結末を迎えるかは、ご覧になって確認してください。その展開には、驚かされることと思います。

結果的に、何の反応も示さない相手に対する一方的な愛情が真の恋愛といえるのかどうかについては、最後まで自分でも答えを見つけられずにいます。それでも、深い感動を与えてくれる作品でした。

それにしても、想像してみて下さい。今あなたが一方的に恋心を寄せる異性がいたとします。とても願いがかないそうにない異性です。

その相手がいきなり自分の目の前に無意識の状態で現れたらそれに愛情を注ぐことができるでしょうか?

普段私たちは、他人を見るとき、相手をじっくり見ることはないと思います。それが植物状態であれば、見ようと思えば好きなだけ見ることもできます。全身をどこでもお好きなように。ホクロの一つひとつまでも。しかし、物体化した肉の塊と四六時中一緒にいられることは果たして幸福なのでしょうか?

私は最近では映画作品のDVD購入はめっきり減りましたが、この『talk to her』がDVD化されたならぜひとも買い求めたいと思います。あるいはそれは、ベニグノがアリシアを“私物化”したように、私も作品を“私物化”したいということなのかもしれません。

私が持つ同作品DVD(表)
私が持つ同作品DVD(裏)

これはついで書くことではありませんが、本作には音楽ファンへのビッグなプレゼントも用意されています。それは、カエターノ・ヴェローゾが自身の顔を見せて歌を一曲聴かせてくれるシーンがあることです。私も彼の音楽は大好きで、いつも聴いているNHK-FMのリクエスト番組「サンセットパーク」宛てにも何度かリクエストをしています。それにしても、今さらながら、彼の歌声は柔らかく聴く者の心に沁み込込むようです。正直いってこのところ彼のCDはあまり聴いていませんでしたが、また聴きたいと思いました。

いずれにしても、自信を持ってお薦めできる作品ということはできると思います。ですので、今度のお休みにでもいかがでしょうか。

気になる投稿はありますか?

  • 2005/12/12 トラヴィスそして郷田三郎2005/12/12 トラヴィスそして郷田三郎 昨日の続きで、映画『タクシー・ドライバー』について書いていこうと思います。 作品の内容については、本コーナーで以前に書いたものやネットの関連サイトを参照していただくことにしまして、本日は、昨日仕上げたDVDの中で監督のマーティン・スコセッシが語る制作の裏側に話の焦点を絞ることにします。 自作DVDレーベル「アクターズ・スタジオ […]
  • 2004/02/02 ビリー・ワイルダーはお好き?2004/02/02 ビリー・ワイルダーはお好き? おとといの土曜日になりますが、また2本立ての映画を見てきました。それについて昨日書こうと思っていたのですが、あいにく風邪気味となってしまい、一向に頭が回らないため今日にずれ込んでしまいました。 実をいいますと、今日の方が風邪の症状自体は悪化していると思わないでもありませんが、こんな頭の回らない日に書くのも面白いのではないかと思い直したところです。また、文章を書くことで […]
  • 2004/07/12 大林宣彦作品とオーラ2004/07/12 大林宣彦作品とオーラ それにしても、連日暑い日が続きます。ただ、今日のところは、暑さはそれほどでもありません。が、昨日、高校野球観戦で炎天下にいたせいか、体内に暑さが堪っているようで、思考回路が滞り気味です(←それはいつものこと(^.^;)。 ですので、ある物事に思考を働かせて文章にまとめるのはいささか億劫な状態ではあるのですが、気合を入れて、先週末の10日に見てきた映画の話でも書いてみる […]
  • 2002/09/29 ドキュメンタリー「スタンリー・キューブリック」2002/09/29 ドキュメンタリー「スタンリー・キューブリック」 本コーナーで書こう書こうと思いつつ、今日まで書かずにいたものを書く気になりました。 ちょうど1週間前(21日)にNHK衛星第2で放送された映画監督スタンリー・キューブリックの実像を描いたドキュメンタリー『STANLEY KUBRICK:A LIFE IN […]
  • 2002/11/19 ノルシュテインのアニメ作品2002/11/19 ノルシュテインのアニメ作品 本コーナーでつい先日「私は日頃アニメは見ない」というようなことを書きましたが、その舌の根も乾かない昨日、早速アニメーション作品を一つ見てきましたf(^_^;) 現在、ラピュタ阿佐ヶ谷と東京都写真美術館を会場に開催中の、「第3回 ラピュタ・アニメーション・フェスティバル […]