今日の「新日曜美術館」(日曜美術館)(NHK教育/日曜09:00~10:00 再放送20:00~21:00)は、私が個人的に好きな画家・有元利夫を取り上げており、その放送をしっかりと見ました。
実は今回の番組放送の情報は、2月7日の産経新聞の記事で事前にキャッチしていました。で、その記事には番組で取り上げるまでのちょっとした裏話のようなことが書かれています。
普通はどのような段取りを経て一つの番組が作られるのかは知りませんが、今回の場合は、昨年11月から今年の1月にかけて東京・丸の内にあります東京ステーションギャラリーで開催されていた「有元利夫展 花降る時の彼方に」で彼の人気ぶりを目の当たりにした当番組のディレクターが企画を立案されたそうです。
実はその時の展覧会は私も始まる前から楽しみにしていたもので、実際に会場に足を運びその時のことは本コーナーでも少しばかり書いています。
で、その企画成立までの裏話に戻しますが、その企画を立てられたディレクターはNHKエデュケーショナル文化部の富田耕一郎さんという方で、産経新聞の取材に対してだと思いますが、次のような談話を残しています。
会場を訪れ、お客さんの多さに驚きました(東京展の入場者数は約2万5千人を数えたそうです)。人気の理由は何なのか。それを知りたくて、番組で取り上げることにし、いろんな方に絵の魅力を尋ねたりしてみました。
それでは、見たばかりの「新日曜美術館」の話に移ろうと思います。見終わってまず私が印象に残っているのは、インタビューに応えるという形で番組に登場された容子夫人です。
有元さんと容子夫人は同じ東京芸大で知り合われたそうですが、終始穏やかにインタビューに応じておられ、有元さんのそばにずっとおられた方はやはりこういう女性であったか、と思いました。もちろん、以前に有元さんを取り上げた番組で彼女のことは知っていましたが、今回その思いを強くしました。
それとも関連しますが、何年も前にやはり同じ「日曜美術館」で有元さんを取り上げたことがあり、その時にゲストで出ておられた画家の安野光雅さんが有元さんの描く女性の顔の魅力について語っていたのを思い出しました。
安野さんによれば、有元さんが描く人物の顔はいわゆる顔立ちが整って美しいというのはない。しかしそれらはどれも有元さんにしか描けない独特の美しさを宿している、というようなことをお話になっていました。
そんな安野さんの言葉をふと思い出したのは、容子夫人のお顔がテレビに映し出されたからかもしれません。彼女は有元さんの絵の世界に登場する女性たちの面影に似ているように感じられます。よく画家が描く人物の顔は描き手の顔に似るといわれますが、同時にその画家の愛する者の形にも必然的に似るものなのかもしれません。
スタジオのゲストは以前に本コーナーでも書いたことのある画家のMAYA MAXXさんでした。
そのマヤさんがおっしゃることには、それまで全く絵を習ったことがないにもかかわらず、自分がどうして生きていっていいのかを模索していた時に全く偶然に有元さんの回顧展を見る機会があり、その「夢のような体験」から後先も考えずに「自分も絵の道へ進もう」と決意してしまったそうです。
マヤさんは「その展覧会が有元さんでなかったらきっと絵の道へは進んでいなかったはずで、そういった意味では有元さんが唯一の絵の先生です」というようなことを話されていました。さらには、それ以後も誰かについて絵を習ったことはなく、有元さんの画集が唯一の教科書ともいえるほどに隅々まで飽きずに視続けたそうです。
「是非生前に一度お会いしたかったです」というのは彼女の偽らざる気持ちであると思います。
その有元さんは多くの人に惜しまれながら1985年に38歳の若さでこの世を去り、今月24日に没後18年を迎えるということです。
有元さんが短い生涯のほとんどを過ごされた東京・谷中のご自宅には現在容子夫人と、有元さんが亡くなる確か前年に生まれた息子さんのお二人が住んでいらっしゃるそうです。
その容子夫人は今、生前有元さんがアトリエとしていた部屋で毎日絵の製作を続けているといいます。ちょっと詩的に表現すれば、彼女はそこで静かに絵を描きながら、亡き有元さんといつも対話されているのかもしれません。
以前の番組で容子夫人は生前の有元さんを「寂しがり屋」といい、絵の制作の途中でも話し相手になって欲しいようなところがあった人、と話されていたのを思い出します。
今回の番組では有元さんが考えた「美しさ」の解釈についての件があり、私の印象に残りました。
有元さんがおっしゃることには、本当に美しいというものは、たとえば夕焼けのように当たり前すぎて、こちらが気をつけていないと見逃してしまうようなささやかなものの中にこそある、といいます。
ともあれ、控えめな感じの容子夫人は有元さんにとり、まさに天使のような存在であったはずで、そんな彼女と静かな時を過ごすことのできた有元さんは幸せ者であった私には思えます。