2007/11/19 小林桂樹作品“週”

昨日は東京で木枯らし1号が吹きました。気象の世界では11月までを秋に区分するそうですが、冬の足音が急に大きくなり始めました。

その昨日、私は映画を2本見てきました。「2本」と書くことで私が足を向けた劇場がどこか、おおよそ察しがつくと思います。そうです。本コーナーに定期的に登場します東京・東池袋の新文芸坐です。

当館ではこの土曜日から、新しい特集が始まりました。「演技者・小林桂樹映画祭 俳優生活65年の軌跡」(11月17日~30日)と題された、俳優・小林桂樹さんの出演作を集めた特集です。

昨日は小林さんのトークショーも組まれ、それを私は見たばかりでなく、またまたDV(デジタル・ビデオ)カメラに収めてきましたので、近いうちにその模様を紹介できればと考えています。

そのトークショーの前に劇場支配人から披露された話によれば、小林さんはこれまで300本ほど(正確な数は、のちほど撮影済みビデオで確認しようと思います)の作品に出演されたそうですが、その中から、今回の特集のために小林さんご自身が上映作品を選ばれたそうです。

正直な話、私は小林桂樹という“演技者”にこれまで特別の思い入れはありませんでしたが、昨日上映分に選ばれた『裸の大将』1958年/東宝)に惹かれ、劇場に足を運んだというわけです。

私はその日第1回目の上映に間に合うように劇場へ行きましたが、着いて場内に入り、ビックリしました。その時間にして、場内はほぼ満席状態となっていたからです。いつもなら迷わず前方の真ん中の席を確保するところ、昨日は既に先客で埋まっていました。私は仕方なく、スクリーン右手の席に腰を下ろしました。

この『裸の大将』という作品については、ほとんど説明が必要ないかもしれません。日本のゴッホとも讃えられた表現者・山下清を描いた作品で、清の役を当時35歳の小林桂樹さんが演じています。

小林さんは、清役を演じるということからか、山下清と交流を持ったようですが、清は小林さんが山下清を演じることが理解できなかった、というような話をトークショーで披露してくれました。ただ、それが本当に理解できなかったのか、わからないというようなこともいいました。そのようにいうことで、相手の反応を見ていた節もある、と小林さんは受け止めていられるようです。

映画が始まりました。私は前方の右側からスクリーンを仰ぎ見る形になるため、スクリーンが台形になり、左端が遠くに見えます。ファーストシーンはそのことが逆に効果を生みました。

清は独り、どこか田舎の路線のトンネル内を歩いています。そのトンネルの左奥から突如蒸気機関車が迫ってきます。これはちょうど、スクリーン右手で見ている私たちの方に迫ってくるようで、これはこれでとても迫力がありました( ;^ω^)

人間の記憶というものは都合よくできているのか、そのように台形のスクリーンで作品を鑑賞しながら、いびつな形のスクリーンが頭の中で修正され、スクリーンに正対した絵として記憶には残っています。

SLが通り過ぎたあと、トンネル内を今度は田舎の駐在所の警官が追いかけてきます。必死で逃げる清の顔は、蒸気機関車から吐き出された煤で真っ黒です。

本日の豆想像
今でこそSLは憧れの対象ですが、SLが現役で活躍していた時代、現代の憧れの対象は、沿線に煤をまき散らす厄介者だったのではないでしょうか?

駐在所に連れて行かれた清は、吃りながら自分の身分を一所懸命説明します。

ぼ、ぼ、ぼくは…い、い、いちかわにある、や、や、やわたがくえんからきたんだな。や、や、や、やわたがくえんというのは…ぼ、ぼ、ぼくのようなばかがはいる、と、と、ところなんだな…。

これもトークショーを聴くことで知ったことですが、小林さんが清の吃りを真似たものの、初めはうまく吃れなかったそうです。それで調べると、どうやらタ行が吃りやすいということで、台本でタ行の台詞を見つけ出し、それを重点的に吃ることで次第に吃音(吃音症)を会得していったそうです。

しかし、撮影が終わる頃にはそれがすっかり板につき、ほかの仕事に入ってからも吃音の習慣が残り難儀した、というような話でした(^m^)

私は特別吃音ということはないのですが、一時期までは電話で話すのが苦手でした。面と向かって話しているときはそうでもないのですが、受話器を持って話すとなると、途端に言葉がスムーズに出にくくなる傾向があったからです。それもあって、電話に慣れ始めたのはここ数年のことです。といっても、進んで電話をすることはなく、今や持つのが当たり前の携帯電話ですが、私がそれをつかうようになることはおそらく一生ないでしょう。

山下清を描いた作品ということで、見るのはとても気楽でした。一生懸命ストーリーを追う必要はなく、想像したようなことを清がしでかすのを笑いながら見ているだけです。

清は、周りの当たり前に生きている人間に比べたら、考え方がことごとくズレています。しかし、見方を換えれば、清の方がより真理に近いことを考えてその日を暮らしているのかもしれません。いうなれば、「泡沫人」の先達のような存在です。

私はいつしか、スクリーンに映る清を、赤塚不二夫「天才バカボン」に登場するキャラクターとして生み出した「バカボンのパパ」を重ね合わせていました。

清がバカボンのパパで、バカボンのパパが清なのだ。世の中の真理はバカボンのパパと清で回っているのだ。これでいいのだ。

戦争が終わり、ある町に自衛隊の駐屯地ができ、町を上げて自衛隊員の到着を歓迎します。その群衆の中にいた清は、「自衛隊とはなんだ?」と尋ねます。尋ねられた人は、「日本が他の国に攻められた時に、自分の国を守るために戦う組織だ」と答えます。

それを聞いた清は納得できず、「それは軍隊と同じだ。人間で一番大切なのは命だ。戦争は命を粗末にする。だから戦争はいけない。軍隊もいけない」(←もちろんこの通りにいったということではありません。第一、私は暗がりでメモを取りながら見たわけではありませんので、憶えきれません。だいたいこんな感じ、と受け取ってください)といったりするのでした。

まだ戦争が続いていた時期、成人に達した日本男児はもれなく徴兵検査を受ける運命下にありました。当時は数え年の21歳。清は21歳の年を迎える直前に恐れ戦き、「年が明けたら22歳になろう」と名案を思いつくのでした(^ω^)

映画を見ながら気になっていたのは、作品に登場する「阿武田」という地名です。「実在する地名なのだろうか?」と気になって仕方がなかったのです。ま、大したことではありませんが。家に帰ってからネットで調べてみたら、阿武町というのはあるらしいです。だからどうした? という話ですが。

『裸の大将』に字数を費やしてしまいましたので、取り急ぎ、昨日上映された小林桂樹出演作品2本目にまいりましょう。もう1本は、『江分利満氏の優雅な生活』1963年/東宝)です。

この作品について、私は何の予備知識も持っていません。ただ、「江分利満」というタイトルから作家の山口瞳に絡む話だろうと勝手に当たりを付けました。それでほぼ間違いなかったようです。山口瞳の小説を原作とする本作で、小林桂樹さんは山口瞳がモデルとなる江分利満氏を演じます。

時は1963年。東京オリンピックの開催を翌年に控えるなど、日本という国が近代化に向かって邁進していた時代です。

「江分利満」というのは筆名です。サントリーの宣伝マンをする妻子持ちの36歳男の口癖は「面白くない」です。毎夜のように「面白くない」と愚痴をこぼしながら、飲み屋街を飲み歩いています。家にたどり着くのは日付が替わってから。毎度毎夜の午前様です。

本日の豆ジョーク
「面白くない」を連発する江分利満氏に女編集者が、「私も真っ黒な猫よ」といいます。意味は、全身真っ黒ということは、当然「尾も白くない=面白くない」です。これも多分に私の脚色を加味してあります。猫じゃなくて犬だったかな? どちらであっても意味するところは同じハズですが。ついでのついでですが、この編集者役を演じた女優さんは誰でしょうか。黒縁の眼鏡をかけた女で、江分利満氏が「飲みに行こう!」とかいうと、一緒になって「行こう!」とかいいます。面白いキャラクターです。

そんな亭主でありながら、妻の夏子(新珠三千代)は夫にかいがいしく尽くします。家の前の道路は砂利道。家の前を走り去るトラックが石を跳ね飛ばし、それが家の中にまで飛び込んで、男の父(東野英治郎)の膝を直撃なんてことまで起こります。

男は勤め先で男女二人連れの訪問を受けます。聞けば、二人は夫人向け雑誌『婦人画報』の編集長と編集部員だといいます。二人は夜ごと飲み歩く男に目を付け、「あなたに何か書いてもらいたい」と男に願い出、昨夜、飲み屋でOKをもらったと話します。

男はビックリ仰天しますが、酒の上とはいえ、受けた話を断り切れなくなり、1回だけの約束で原稿用紙に向かい始めます。

まずのポイントは筆名。男は原稿用紙に筆名を書いては気に入らず、何度目かに「江分利満」と書きました。フリガナを一度目は「エブリ」としたものの、すぐに「エヴリ」に書き換え、「EVERY MAN」と書き添えました。ここに江分利満氏の誕生です。果たして、氏の生活は優雅なものでありましょうか?

江分利満氏には美しい妻と小学生の男の子が一人います。それに加えること、父がいます。この父がただ者ではなく、かつては事業に成功し、別荘まで持つほどでしたが、事業に失敗して借金取りに追われる日々。そうかと思うと、戦争特需でふたたび浮上。しかし、贅沢な生活に慣れることを待っていたかのようにまたどん底へ逆戻り。そんな波瀾万丈の人生を歩む男です。

端から見ている分には魅力のある男でしょうが、それを身内に持ったら災難です。その災難を江分利満氏は抱えて生活しているのですから、優雅とはいいにくい? かもしれません。

江分利満氏に運が向かい始めます。1回だけのつもりで書いた小説の評判が良く、予期せぬ直木賞を受賞してしまいます。その祝いを、江分利満氏が勤める宣伝部の諸君がしてくれるといいます。

はじめは「堅苦しい話は抜き」といっていた江分利満氏でありましたが、酒が入れば人が変わるのが江分利満氏の持ち味。ここからが氏の本領発揮。氏の口から出てくる言葉、言葉、言葉。その長話に付き合いきれない仲間が一人去り、二人去り、ついには直属の部下二人だけとなってしまいます。

その一人は、特撮ものの代表格「ウルトラマン」のイデ隊員役でおなじみの二瓶正也さんではありませんか。この作品ではほかに、「ウルトラマン」でフジアキコ隊員を演じた桜井浩子さんの姿もあります。そうそう。若き日の天本英世さんも颯爽と登場します。それぐらいはわかります。しかし哀しいかな、ほかの出演者の名前がわかりませんf(^_^)

私が最後まで気になっていたのは、江分利満氏の妻を演じた女優さんです。とても綺麗な方で、見たことはありますが、名前が最後まで出てきません。その人が新珠三千代さんであったことを、トークショーの最後で知りました。

予定時間を余して終わったため、劇場支配人の男性が会場に向かって、「小林桂樹さんに質問のある人はいませんか?」と呼びかけ、一人が「新珠さんとのご関係は?」と質問したのです。小林さんは「関係はありません」とお答えになりましたが( ^ω^)、その時、「そうか! あの女優さんは新珠三千代さんというのだ」とお姿と名前が結びついたのでした。

それにしても、綺麗な女優さんです。何ともいえない品をたたえているんですよね。私は彼女の口元に品を感じました。また、最近の女性は眉毛を細く整えますが、昔の女優たちはそんなことをしていません。自然な眉です。時代が違うとはいえ、それもあって、自然な美しさとして私の眼には映りました。

この作品で私の印象に最も強く残ったのは、新珠三千代さんの美しさだったかもしれません。なんていっちゃったりして(^3^)

この作品は封切り当時は客の入りが芳しくなかったそうです。それが、10年ほどのちに再上映したときには評判が良かったという話を昨日、小林さんのトークでご自身の口から聞きました。

わかるような気がします。同作品は今の目で見てもかなり斬新な作りになっています。監督したのは岡本喜八。元々は川島雄三の監督で準備が進んでいたものが、川島監督急死で、急遽監督の御鉢が回ってきたそうです。

昨日、会場には岡本監督の未亡人・岡本みね子さんも姿を見せ、トークショーをする小林桂樹さんに花束を手渡しました。そのシーンもVTRに収めてあります。

生前、岡本監督は生涯ベストの作品をこの『江分利満氏の優雅な生活』だといっていたそうです。小林さんもこの作品と『裸の大将』がベスト作品だといっていました。だとすれば、その2作品を、小林桂樹さんと一緒に愉しむことができたことになります。小林さんのお誕生日は今月の23日。84歳になられるそうです。

トークショーが済んだあと、席を立って出口に向かいました。すると、小林さんが出口に立ち、見客一人ひとりと握手をされています。私も握手をしてもらいましたが、こんな体験は生まれて初めてのような気がします。小林さんのがっしりとした手の感触が残りました。

このあと、小林さんのトークショーの模様を収めたビデオを編集し、動画にして紹介できればと思っています。もしよかったら、楽しみにして待っていてください。皆さんお一人おひとりと握手はできませんが、今日のところはこの辺で失礼いたします。私は男にしては手が小さいです。

馬鹿の大足、間抜けの小足。ちょうどいいのは俺の足。

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