2001/12/29 アウトサイダー・アーティスト

本日は、普段あまり聞き慣れない(←私自身は、という意味です)英単語から。

「UXORIOUS」という単語なのですが、いかがですか? 意味はご存じでしょうか?

ご存じで、あなたが男性なら、もしかして愛妻家と呼ぶにふさわしい人ではないでしょうか? なぜなら、「妻を溺愛する」という意味なのですから。

これは今日の地方新聞に載っていたある記事に書かれていたことです。その記事の見出しは「アウトサイダー・アートの輝き」とあり、キュレーターをされている小出由紀子さんという女性がお書きになっている連載コラムです。

それでは、見出しにもある「アウトサイダー・アート」とは何でしょうか?

こちらのページに書かれていることに倣ならえば、「精神病患者、幼児等美術教育を受けていない者の創作」ということになりそうです。つまりは専門教育を受けず、かつまた精神に障害を持つ人や、幼児らによって創作された作品全般を指すのでしょう。

で、今回話題にしようと思っている記事に書かれているアウトサイダー・アーティストは、アメリカはウィスコンシン州ミルウォーキー生まれのユージン・ボン・ブルチェンハイン(19101983年)という男性です。彼はアウトサイダー・アーティストにして無類の“愛妻家”でもありました。

彼は1943年にマリーという女性と結婚するわけですが、当時の彼はパン工場で働いていました。そんなわけで、アートの世界とは無縁の生活をしていたものと思います。

彼らは相思相愛の末に結ばれたカップルで、よほど妻がお気に入りだったのでしょう。一日の仕事を終えては家に飛んで帰り、妻をモデルに写真を撮るようになっていきました。

最初は素人そのもののアプローチでしたが、誰に教わるでもなく、自然に思考は高度なものとなり、技法も上達していきました。

自宅の居間を撮影のステージに設えては、モデルの妻を下着姿にしたり、模造真珠のネックレスや造花で飾り付けては写真に収めていきました。時には彼自身がコーヒーの缶から造った王冠(!)を彼女に被らせたりもしたそうです。

これらの“作品”は誰に知られることもなく、また、彼自身誰に知らしめることもなく、ひっそりと“蓄積”していくことになります。

彼にとって妻のマリーはまさにミューズ(ムーサ)であり、その彼女が存在していることだけで彼は幸せだったのです。

それらの“作品”群が日の目を見たのは彼が亡くなったあとです。

彼の自宅からは、彼が40年に渡って撮り続けた妻の写真(白黒プリント、カラースライド)が数千枚見つかったそうです。また他にも、彼の自宅の地下室は、油彩作品や陶製の壺や冠などの“作品”や材料で溢れていたそうです。

彼の死後、家は後取り壊されることになり、“作品”の多くは廃棄処分になってしまったそうです。が、しかし、彼の“作品”を惜しむ地元民によって今も書いた極めて私的な写真数千枚が後世に残されることになりました。

私は今これを書きながら、ある日本のアウトサイダー・アーティストを思い出していました。

木村千穂という若い女性です。

彼女のことは、1997年に放送されたテレビ番組『ETV特集-絵の中のわたし・拒食症と闘う心の旅』(NHK教育/1997年4月14日放送)で初めて知りました。

彼女は精神的に不安定な状態に陥り、食事を摂っては吐くという摂食障害に悩まされたそうです。その後、絵の中に自分の内面を吐露する喜びを得、次第に落ち着きを取り戻すようになっていきます。

妻を溺愛し、その姿を写し続けたユージン・ボン・ブルチェンハインにしても、摂食障害に悩まされ何とか絵画によって心の均衡を保とうとする木村千穂さんにしても、やむにやまれずに表現された作品の強さを感じないわけにはいきません。

そういえば、本コーナーでもたびたび書いている写真家の“アラーキー”こと荒木経惟さんにしても、取りようによっては彼も、積極的な意味での、アウトサイダー・アーティストの一人ということができるかもしれません。そしてまた、そんな彼であるからこそ私は彼の作品に惹かれているに違いありません。

アラーキー自身もおっしゃっているではありませんか。「私写真こそが写真の原点。自分が愛しているものを表現しなくちゃダメ!」みたいなことを_。

そんなこんなで、もしも己の表現を高めようとしたなら、愛する対象を見つけることこそが唯一にして最高の近道、、、かもしれませんね(^_^;

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