COVID-19騒動を起こした側に焦りの色?

「目は口ほどに物をいう」といいます。

下に紹介する新聞記事に添えられた写真も、その一例といえるでしょう。

これは、今月15日、家でとっている地方紙に載った記事に添えられた写真です。手前に写っているのは米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)アンソニー・ファウチ所長です。

問題は、ファウチ氏の後ろに立っているドナルド・トランプ米大統領の表情です。一瞬を切り取った画像ですが、ここに写るトランプ氏の表情を見て、どんなことを感じるでしょう。

私は、トランプ氏がファウチ氏を信用していないように感じました。

”ひきこもり”と”世捨て人”は違うのか?

昨今、マスメディアは「ひきこもり」を問題視し、当事者を救う必要があるといいつつ、実は、そうした境遇にいる人を蔑み、「どうするの? どうするの?」と追いつめる快感を隠し持っています。

古今東西、芸術の世界に生きた人には、世間一般の生き方とは異なる人生を送った人が少なくありません。

私は今、『天才たちの日課 Kindle版』をAmazonの電子書籍で読んでいます。購入したのは2017年末で、今まであまり読んでいませんでした。

本作には、古今東西の小説家や詩人、芸術家、哲学者、研究者、作曲家、映画監督などの161人の日常が簡潔な文で紹介されています。

新型コロナウイルスCOVID-19)騒動が始まってから、私は、眠る前に読書をする習慣を新たに作りました。

犯行の告白を描くワイルダー作品

「深夜の告白」と聞いたらどんなことをイメージするでしょう。もしかしたら、男女の話を連想するかもしれません。

昨日の午後、映画『深夜の告白』をNHKBSプレミアムで見ました。監督は、前々回に本コーナーで取り上げた『七年目の浮気』を監督したビリー・ワイルダーです。

米国では1944年に公開されていますから、昭和にすれば19年。米国も日本も戦争状態にあり、翌年には広島と長崎に米国が原爆を投下(日本への原子爆弾投下)し、日本に戦闘を放棄させています。

そんな大戦のさなかに、戦争の影をみじんも感じさせない本作が米国で作られ、終戦前年に公開されたとき、映画館に多くの市民が集まったりしたのでしょうか。

正体がわかっても怖い『くろん坊』

誰しも、正体がわからないものには恐怖を覚えます。今は、新型コロナウイルスCOVID-19)に、程度の差はあるでしょうが、人々はおしなべて恐怖しています。

そんな今の状況に似合いそうな話を読みました。岡本綺堂の『くろん坊』です。初出は1925年7月の『文藝倶楽部』です。

昨年、私は綺堂のおもしろさに目覚め、Amazonの電子書籍で続けて読み、6月に、綺堂の作品242作品が収められた『岡本綺堂全集』を手に入れました。本作はその中に収められた一作です。

本作に付けられた『くろん坊』ですが、現代では表題として扱いにくい状況に置かれています。かつては当たり前に読まれていた『ちびくろサンボ』も、ずいぶん昔に黒人差別を助長すると指摘され、表舞台から姿を消しました。

綺堂が書いた頃は、良い悪いは別にして、今よりはギスギスしてはいなかった証拠となりましょう。

綺堂がこの話を書くきっかけとなった話があります。それは、江戸後期に書かれた『享和雑記』という随筆で、その巻二に『濃州徳山黒ん坊』があり、それに触発された綺堂が、自分の叔父から若い頃に聞いた話をまとめた怪談話にしたというわけです。

古いのに新しい”七年目のかゆみ”

私は未婚で、願望はあっても結婚の予定もありませんのでわかりませんが、大恋愛の末に結ばれて結婚した夫婦も、中には、7年目には浮気の虫が騒ぎ出したりするものでしょうか。

別に深い意味を込めてこんな書き出しにしたわけではありません。昨日の午後にNHKBSプレミアムで、『七年目の浮気』が放送され、またしても楽しく見てしまったからです。

1955年の作品ですから、随分と昔の作品になります。私は過去に、東池袋にある新文芸坐でリバイバル上映されたとき、大きなスクリーンでも見たことがあります。

監督は、私がおそらく最も好きなビリー・ワイルダーです。