正体がわかっても怖い『くろん坊』

誰しも、正体がわからないものには恐怖を覚えます。今は、新型コロナウイルスCOVID-19)に、程度の差はあるでしょうが、人々はおしなべて恐怖しています。

そんな今の状況に似合いそうな話を読みました。岡本綺堂の『くろん坊』です。初出は1925年7月の『文藝倶楽部』です。

昨年、私は綺堂のおもしろさに目覚め、Amazonの電子書籍で続けて読み、6月に、綺堂の作品242作品が収められた『岡本綺堂全集』を手に入れました。本作はその中に収められた一作です。

本作に付けられた『くろん坊』ですが、現代では表題として扱いにくい状況に置かれています。かつては当たり前に読まれていた『ちびくろサンボ』も、ずいぶん昔に黒人差別を助長すると指摘され、表舞台から姿を消しました。

綺堂が書いた頃は、良い悪いは別にして、今よりはギスギスしてはいなかった証拠となりましょう。

綺堂がこの話を書くきっかけとなった話があります。それは、江戸後期に書かれた『享和雑記』という随筆で、その巻二に『濃州徳山黒ん坊』があり、それに触発された綺堂が、自分の叔父から若い頃に聞いた話をまとめた怪談話にしたというわけです。