出だしからいきなりですけれども、「にのせん」という言葉をご存じでしょうか?
ある番組の終わりの場面でその言葉が飛び出し、私ははじめ「イノセント=無垢(むく)な」といったのかと思いました。テレビの放送をオンタイム(←「放送されている時間」ぐらいの意味で遣っています)で見ていたら、そのまま「イノセント」として記憶していたでしょう。
私は気になった番組は録画をして見る習慣がありまして、その番組も録画しつつ、オンタイムでも見ていました。それで、気になった部分をあとで見て、「イノセント」ではなかったことに気がつきました。
その場面を動画にしてみましたので、よかったらそれをご覧になって、何といっているのか確認してみてください。
この番組については以前にも本コーナーで取り上げさせてもらったことがあります。久米宏(1944~)が都内のとある書店の店主、檀蜜(1980~)が店員という設定で、番組に招いたゲストが書いた本について話を訊く「久米書店 ヨク分かる!話題の一冊」という番組です。
本番組は今年の4月にスタートしたと思いますが、はじめはテレビ局のスタジオで収録されていると思っていました。しかし、窓の外を歩く通行人が映ったりすることもあり、どのようなところで撮影しているのか気になっていました。
この番組を見ている人は同じような関心をお持ちのようで、少し前の朝日新聞に「どこで収録しているのか?」という質問があり、その種明かしが載っていました。
久米はご自分が出演されているラジオの番組では「スタジオのセット」だといい張っていらっしゃるようですが、実際は某所にある書店で収録しているそうです。
三つあった候補から最終的に選んだ書店は、新刊本はもちろん、古書や剥製、アクセサリーなども並べられており、手作りのコーヒーやデザートも楽しめるようになっているそうです。
この書店を経営するふたりのオーナーは、かつて広告会社でアートディレクターをされていたこともあるそうで、ゲストや本に合わせて本の配置や小道具を換えたりしているそうです。
こちらはまだ種明かしされていませんが、私は映像そのものにも関心を持っています。
テレビスタジオのカメラで撮影したのとは違う印象を受けるからです。これは私の勝手な想像ですが、デジタル一眼カメラ(デジ一)に搭載されている動画撮影機能を使って撮影しているのではないか、と想像しています。こちらも気になった人が新聞社に質問し、その回答が紹介されることがあるかもしれません。
このように、実在する書店で収録されているとわかると、本日分で紹介している久米の話が納得できます。この放送があった7月13日の時点では、私はテレビ局のスタジオで収録していると思っていました。ですから、収録の後、久米がわざわざテレビ局の外まで、この日のゲストを見送ったのかと思ってしまいましたから。
書店であれば、すぐに外へ出てお見送りするのもそれほど大げさなことではなくなります。
鎌田さんをご存じの方には今更説明する必要もないでしょう。ご存じない方のために、少し説明をしておきます。
都内の医大を卒業されたあと、長野県の諏訪中央病院の勤務医になります。鎌田氏から長野の病院へ行くと話を聞いた学生時代の友人たちは、「そんなところへ入ったら二度と中央へは戻ってこれないぞ」などといい、鎌田氏の考えを理解できなかったといいます。
番組の中でお話されていましたが、自分を「下り坂」の状態に置くことに抵抗がなかったそうです。おそらくは、鎌田氏の生い立ちが影響しているのでしょう。
鎌田氏について書かれたネットの事典ウィキペディアにもあります。鎌田氏は1歳の頃に養子に出され、養父母に育てられたそうです。
鎌田氏を育てた養父母は決して裕福な暮らしではなかったようです。8月30日付けの日経新聞・土曜版のコーナー「食の履歴書」にも鎌田氏が登場しています。
そこに、養父と子供の頃に定食屋で食事した思い出が語られています。養父はタクシーの運転手をされていたそうです。養母は体が弱くて入院していたため、夜遅く帰宅する養父を鎌田少年は眠らずにひとりで待っていたそうです。
家に戻った養父は、鎌田少年を近くの定食屋へ連れて行ってくれたりしたそうです。
「實、何を食べたい?」と養父は訊きますが、注文するものはいつも一緒で、ご飯とおつゆ。それに一番安いモヤシ炒めを一皿だけとり、二人で分けて食べたそうです。
このように、子供の頃から決して裕福な暮らしでなかったため、自分がほかの人より下の生活をしていても、特別気にならなかったのかもしれません。
人はそれぞれが与えられた人生の中で自分の“哲学”のようなものをつかみ取っていくものなのかもしれません。
病弱だった母が入院する病院へ行き、母との時間をもったりしたそうです。養母は鎌田少年をさかんに褒めてくれたそうです。そして、何度も「實は天才だ」と聞かされるうち、鎌田氏は自分もそれを少しずつ信じるようになっていった、というような話もされていました。
鎌田氏は、「人生の半分は誤解と錯覚でできている」と本の中にも書き、常日頃そのように信じているようです。
そんな鎌田氏の話を聞き、もしかたら養母は鎌田少年に、「實は二枚目だよ」と繰り返しいっていたのかもしれない、と私は勝手な想像をしたのでした。
この日の収録に、鎌田氏はおしゃれして登場しました。真っ白な上着に黒いズボン。頭には真っ白な帽子をかぶっています。なんでも、去年の夏頃、帽子デザイナーの平田暁夫氏に作ってもらったものだそうです。
しかし、帽子といい、上着といい、ズボンといい、何かキメすぎているように私も感じました。お顔はと見れば、縁の細い丸い眼鏡をかけ、もみ上げから続くあごひげを生やしています。帽子は途中でとりましたが、久米さんは冗談交じりにゴッドファーザーのようといったりしていました。
そして、収録が終わり、鎌田さんが帰ったあとの動画です。私が「イノセント」と聞き間違えた部分で、久米さんは「にのせん」といっていたのでした。
「にのせん」。ご存じですか? 漢字で書いたら「二の線」となるでしょう。この「二」は「二枚目」の「二」です。つまり、鎌田さんはご自分を二枚目(美男子)と思っているのではないか? と久米さんは冷やかしているわけです。私も番組を見ていて、そんなようなことを鎌田さんに感じましたので、わざわざ動画まで作って紹介してみたわけです。
二枚目でない人が自分を二枚目だと勘違いしたり、錯覚したりしてはいけない、という決まりはありませんので、鎌田さんがそのように勘違いしたり、錯覚したりすることは自由です。
ただ、他者から、「鎌田さん、それはもしかしたら鎌田さんの勘違いや錯覚かもしれません」という指摘を受け入れられるだけの広い心は持っていて欲しいと思います。ほぼ事実の指摘だと考えるからです。
番組の中で、治る見込みがないとされたガン患者の話がありました。医師からは、「このガンが治ったという前例はまったくない。だから、このガンになったらほぼすべての人が死ぬ」というような宣告を受けたそうです。そう宣告された男性は、そのとき28歳だったそうです。普通だったらガックリしてしまうでしょう。
しかし、その患者はメチャクチャ楽見的だったそうです。「そんなことをいったって、ボクはボクなのだから、100%前例通りになるとは限らないじゃないか」と反応したそうです。
その患者は今40歳を過ぎたそうですが、健康に過ごしているそうです。なぜそのようになったのかわかりませんが、もしかしたら、自分で自分に勘違いや錯覚を起こさせ、「治る、治る、治る」と信じて、自分の強い心でガンを退治してしまったのかもしれません。
私も結構思いこみの激しい性格です。この先病気を宣告されるようなことがあったら、この患者に倣い、良い思いこみで病気をやっつけてしまうことにします。
鎌田氏の顔が誰かに似ていると思っていましたが、似ている芸能人がわかりました。
目の細いところなどが笑福亭鶴瓶(1951~)にそっくりです。鶴瓶さんに「二枚目ですねぇ」といったらどんな反応をするでしょうか?