懺悔で済まされるのなら警察はいらない

マスメディアの信用度が失墜しています。考えてみれば、これまでは気がつきにくかっただけで、マスメディアというのは、遥か昔から、信用のおけない存在だったのでしょう。

先の大戦で、日本は米軍の攻撃を受け、戦地へ赴いた日本兵ばかりでなく、国内にいた民間人が、米軍の攻撃で大量に死亡させられました。

今は、事件や事故でひとりでも民間人が亡くなることがあれば、マスメディアは、それが大ごとのように報じ、大きな事件や事故の場合は、それが起きた日が巡るたび、何年経ってもそれを報じ続けます。

先の対戦で日本の国民の戦意を高揚させたのが、当時のマスメディアであった新聞とラジオだったことは歴史の事実となっています。

日本人は他国に比べて「お上」に従順な国民にできているようで、戦後になると、戦前戦後のマスメディアの行いをきれいさっぱり忘れたように、マスメディアが伝える報道を疑う人が多くありません。

私の家では昔から新聞を数紙とる習慣があり、今も、朝日・日経・産経・地方紙の四紙をとっています。私は馬鹿々々しいとは思いながら、毎日、それらに目を通しますが、それを通じてわかるのは、新聞というのは、今も、自分たちが伝えたいように伝えていることです。

『お早よう』は何気ない挨拶のよう

本日の朝日新聞に、平山周吉氏(1952~)が執筆した『小津安二郎』(新潮社)が、第50回「大佛次郎賞」を受賞することを伝える記事が載っています。

本賞は、優れた散文作品を顕彰する賞で、朝日新聞社が主催だそうです。

それにしても、映画監督・小津安二郎19031963)の評伝を書いた人が、平山周吉というのは出来過ぎです。

小津の代表作『東京物語』(1953)で、笠智衆19041993)が演じる主人公の名が平山周吉だからです。小津はほかの後期作品でも、「周吉」の名を何度か使用しています。

このたび大佛次郎賞を受賞された平山氏は、文藝春秋社で長年編集の仕事をされ、その後、独立して文筆家になられたそうです。

そして、独立する際に、大好きだという小津にちなみ、『東京物語』の主人公の名を筆名に選ばれたのだそうです。

ともあれ、平山周吉氏はこの受賞に対し、「小津安二郎の特別な記念の年だから、下駄を履かせていただいたのかな」と謙遜されています。

その小津の生誕120年を記念する今年の12月は、小津の誕生日と命日が12日だったこともあり、NHK BSBS松竹東急で、立て続けに八作品が放送となりました。