哀しくも酔わせる恋の道行き

4百年も前といえば、昔も昔、大昔です。そんな395年前の寛永3年8月末に始まる話です。

その時代、京の色町のひとつに祇園(ぎおん)がありました。この町は、今でも京都では名が知られ、今は代表的な観光名所といえましょうか。

その当時、京で公認の色町として認められていたのは、六条柳町(六条通下京区)の遊女屋だけでした。そのほかに、祇園、西石垣、縄手、五条坂北野がありましたが、これらはいずれも非公認の色町であったそうです。

色町として次第に力を持ち始めた祇園にある「花菱(はなびし)」という揚屋(あげや 遊郭)の賑やかな座敷を離れ、ひとりの女が、薄暗がりの欄干にもたれかかっています。

座敷からは賑やかな声が聞こえますが、女はその声が聞こえる耳を塞ぎたい心境でしたでしょう。居たたまれない気持ちで、裏の溝川(どぶがわ)から聞こえる蛙の声を聞くともなく聞いていました。

献血で集めた血液の行方

ある意味ではタイミングよく、ある番組が放送されました。その放送を知った時、これは録画して置こうと考え、録画して残しました。

それは、NHK総合で毎週金曜日の夜遅い時間に放送される「ドキュメント72時間」枠で放送されました。

この番組では、毎回、ある撮影対象を3日間撮影し、そこに集まる人々を通し、私たちの社会を見直すきっかけのようなコンセプトのもと作られている印象です。

私も、気になった回があれば、録画して残すようにしています。

その番組枠で今月18日に放送された回に今回は注目します。

その日の番組タイトルは「私が献血ルームに来た理由」です。このタイトルを知っただけで、注目した理由をわかってもらえる人もいると思います。