哀しくも酔わせる恋の道行き

4百年も前といえば、昔も昔、大昔です。そんな395年前の寛永3年8月末に始まる話です。

その時代、京の色町のひとつに祇園がありました。この町は、今でも京都では名が知られ、今は代表的な観光名所といえましょうか。

その当時、京で公認の色町として認められていたのは、六条柳町(六条通下京区)の遊女屋だけでした。そのほかに、祇園、西石垣、縄手、五条坂北野がありましたが、これらはいずれも非公認の色町であったそうです。

色町として次第に力を持ち始めた祇園にある「花菱」という揚屋(遊郭)の賑やかな座敷を離れ、ひとりの女が、薄暗がりの欄干にもたれかかっています。

座敷からは賑やかな声が聞こえますが、女はその声が聞こえる耳を塞ぎたい心境でしたでしょう。居たたまれない気持ちで、裏の溝川(どぶがわ)から聞こえる蛙の声を聞くともなく聞いていました。