2003/04/20 田原騎手が選んだ人生のリセット

今日は競馬のG1レース(The Great ONE Horse Race)の一つ「皐月賞」が千葉県船橋市中山競馬場で行なわれます。

私は馬券の買い方もわからず、普段は競馬に関心がないにも拘わらず、G1レースとなるとなぜかテレビのチャンネルを合わせたりしています。ですので多分、今日のレースもテレビ見戦するのではないかと思います。

朝日新聞の土曜版「be on Saturday」には、そんな競馬界でかつて大活躍した一人の人気騎手を取り上げた記事が載っています。

記事に添えられた写真の中で、その人気騎手でもあった一人の男は、都会のきらびやかなネオンを背景に佇み、「これから先どのように生きていこうか」とでも訴えかけるような目でこちらを見つめています。

男は田原成貴さん(44)といいます。

彼は1978年、騎手としてJRA(日本中央競馬会)にデビューしました。そして1998年に引退するまでの期間、実に1112勝をあげ、さらに「天皇賞」をはじめとするいわゆるG1レースでも15回の優勝回数を数えるなど、大活躍をしました。

記事には、1993年「有馬記念」トウカイテイオーという馬で見事な優勝を果たし、馬上で誇らしげに右手を挙げる田原騎手の姿が映っています。

今回の記事をまとめられた朝日新聞の記者が、今の田原さんに「一番好きだった馬は?」と尋ねると、「トウカイテイオーですね」と即答されたぐらい、田原さんにとっては思い出深い馬だったようです。

それもそのはずで、その馬は名馬でありながら、怪我のために丸1年走っていないため、天才騎手の武豊さんや名人の岡部幸雄さんからは騎乗を断られていたそうです。いくら名馬といえども怪我上がりでは勝ち目がない、と見られていたわけです。

その馬は田原騎手に操られることになりました。

彼は前年の同レースにおいて惨敗していたそうです。そこで今回彼は、後半勝負の戦法に打って出て、前半は後方でじっと我慢させスタミナを温存させました。そして、残り200メートルになるや鞭を入れて一気にスパートをかけ、本命馬だった岡部騎手騎乗のビワハヤヒデを一気に抜き去るという鮮やかな勝利をあげました。

1年間のブランクからの見事な復活優勝となり、「競馬界の常識を覆す“奇跡の復活”」と呼ばれました。騎手であった田原さんにとっても人生で最良の瞬間だったのでしょう。今でも彼はそのレースを頭の中でめぐらすことがあるそうです。

そんな彼の人生に、1998年の春、大きな転機が訪れました。

彼は華麗な成績を残した現役ジョッキー生活に別れを告げ、調教師の世界に身を転じました。しかし、悲しいかなそれまでの21年間、騎手として馬としかつきあってこなかった彼は、職場環境の変化に大いに悩まされることになります。

以後、彼は厩務員馬主、JRAや各種の労組との折衝という、現役時代にはなかった人間関係や組織のしがらみに次第に苦しめられていきました。

それに加えて、これは私の勝手な想像ですが、彼はいわゆる“天才肌”の人間ではなかったかと思います。そんな人間にとって、そうした人間関係ほど困難に感じることはありません。

そうしたこともあってか、現役時代には馬に乗って勝ちさえすればいいと思っていたものが、ひとたび裏方に回って「勝たせる」立場になったとき、思うような成績を上げられない自分に歯がゆさを覚えていきました。

調教師に転じて3年目の2001年には、「馬に安心させるため」という意味不明の理由で、出走場の耳に発信機を取り付けるという“事件”まで引き起こしています。それでも成績は上がらず、当時関西に108人いたという調教師の中で85位という散々な成績しか残せませんでした。常に頂点にいた現役時代とは雲泥の差で、彼にとってはさぞや屈辱的な気分だったことでしょう。

彼は追いつめられ、ついには覚醒剤に手を染めるまでになります。

そしてついにその事件は起こりました。2001年10月8日のことです。

京都の自宅に家族がいる彼はその朝、東京のシティ・ホテルを早くに出ました。彼がその足で向かった先は羽田空港です。

そこで彼は、午前10時40分発の日本航空509便札幌行きの搭乗券を買いました。しかし、出発時刻が近づいても、彼は空港内の喫茶店でホットミルクを飲んでいました。一向に席を立つ気配がありません。

そのとき、彼の頭の中ではそれまでのことや、これからのことなど、ありとあらゆることが嵐のように渦巻いていたに違いありません。

1便遅らせながら考えていたのは、どうやって、すべてを失うかということだけ。おれは、みんな捨てるから、これでええやん。もう勘弁してや、って感じですね

記事を書いた石川雅彦記者は次のように書いています。

ときにひとは、人生を「リセット」したいと願う。すべてを初期化して、真っさらな状態から始めたい。そのために、転職、離婚、失踪・・・、自殺を選ぶ人間もいる。田原成貴の場合、その方法が「逮捕」だった

彼はやおら立ち上がると、バッグを提げて手荷物検査のゲートへと向かいました。覚醒剤容疑が発覚することを覚悟する行動です。案の定、検査官によってバッグの中から用意済みの刃渡り19センチのナイフが発見されす。続いて彼の上着のポケットから、覚醒剤の付着した注射器が見つかりました。こうして彼は望み通り、現行犯逮捕されます。

その4日後、新聞各紙は、「元騎手の田原、覚醒剤所持で現行犯逮捕」「バッグに刃物も」などなどとかつての人気ジョッキーの“転落”を紙面で伝えました。

その逮捕から3カ月後の同年12月末、東京地裁で「懲役2年執行猶予3年」の判決がいい渡されました。「覚醒剤が常習でなかった点、逮捕されることを目的としたという奇妙な動機」が情状酌量の決め手となったようです。

さらに、田原さんにとって厳しい処分がJRAから下されました。15年間の競馬界の追放です。

これにより、競馬関係者に会うことはもとより、競馬場に近づくことさえも許されなくなりました。それは、彼の人生で共に絶頂を味わった名馬トウカイテイオーに会うことも許されないことを意味します。ちなみに、その名馬は今、北海道の牧場で種牡馬としての余生を送っているそうです。

彼は「(トウカイテイオーには)会わせる顔もないよね」といい、今現在、仕事らしい仕事もないまま、身元引受人になってくれた古い知り合いの漫画家の手伝いをしながら、京都の自宅と東京を行き来する生活を送っているそうです。

人生、順調に歯車が回ることばかりではなく、たとえば田原さんのように、突如考えもしなかったような境遇に遭遇することも珍しいことではありません。そして、時には「自分の人生をリセットしたい」と願うこともないとはいえないでしょう。

田原さんのケースは決して他人事ではありません。そしてさらにいえば、そこで踏みとどまることばかりが素晴らしいことではないように私には思えるのです。

「滅びの美学」とでもいったらいいのでしょうか。苦しんだ末に、人生が暗転していくのも実に人間臭いと考えるからです。そして、人間臭い人が私は好きなのです。設計図通りに間違いのない人生を歩んでいるように見える人間に私は興味を持てません。

「石橋を叩いて渡れ」といったいい方がありますが、それでいえば、田原さんは「自らが進む橋を自らの意思によって叩き壊した」といえそうです。

「いまの夢ですか・・・夢。ゆっくりと時間がたつのを待つことですかね」。そんなことを口にする田原さんが、“盟友”ともいえるトウカイテイオーに再会できるのは早くて2017年の春だそうです。そのときは、田原さんは58歳、トウカイテイオーは29歳になります。

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