私は車を運転しないのでわかりませんが、自動車専用道路には、故障車や緊急車両、道路管理車両のための駐車スペースとして使うことを目的とした「非常駐車帯」というのが設けられているそうですね。
【本日の豆補足】私は自動車の運転免許は持っていた時期があり、実際に運転もしていました。当時、私が憧れたのは「いすゞ117クーペ」という車です。ヨーロピアンスタイルの車で、本当に格好いいと思いました。中古でもいいから欲しいと思いましたが、夢はかないませんでした。
人には向き不向きがあり、私に車の運転は向いていませんでした。精神が安定せず、事故でも起こしたら大変だと思い、運転免許の更新を自らせず、資格を失効して今に至っています。
1977年までの直近で2月14日が水曜日だったのはいつか調べると1973年であることがわかりました。ですので、その年の2月14日午後10時ちょっと過ぎ頃になるでしょう。
30代前半の男が助手席に若い女性を乗せ、首都高速4号新宿線を西へ走っていました。恋人同士ですから、女性は男性がどこか最適な場所へ車を走らせると思っていたでしょう。
ところが、何もないと思われたところで男が急に左へハンドルを切ったため、女性は驚きます。後続の車も前の車が急に進路を替えたため、警告のクラクションを鳴らして走り去ります。
女性が怪訝に思っていると、男は非常駐車帯に車を停めようとします。
場所は、東京の永福パーキングエリアを少し行った地点です。
男が停めようとした場所には”先客”があります。男は自分の車を先客の前に空いていたスペースに停めます。
そんなところに深夜に車を停めて何をするというのでしょう。
これは、松本清張が書いた短編作品『馬を売る女』にある話です。本作は、1977年1月9日から4月9日まで、日経新聞に連載されています。当時のタイトル『利』であったそうです。
本作を含む短編集『馬を売る女 Kindle版』を電子書籍で読んでいます。
Amazonは、該当する電子書籍のポイントが50%還元されるキャンペーンを今月28日まで行っています。これを利用し、私はまた清張作品を読もうと思い、まだ読んでいない4冊をとりあえず購入しました。期間中に、もう数冊購入するかもしれません。
この短編集にはほかに次の短編作品が収録されています。
・式場の微笑(1975)
・駆ける男(1973)
・山峡の湯村(1975)
作品の長さは『馬を売る女』が一番長く、全体の47%です。ですから、中編作品に近い短編作品といえましょうか。
非常駐車帯に車を停めた話に戻ります。
助手席に乗っていた女は、連れの男がそんなところに車を停めた意味がわからず、理由を男に訊きます。
察している人には説明がいらないでしょう。そこは都会にポッカリと空いた”真空地帯”のようなもので、車内のライトを消した車内で、リクライニングシートを倒せばベッド代わりとなり、愛し合う恋人同士には打ってつけの個室になるというわけらしいです。
先客の車は、ふたりがここへ来る前から停車し、同じような目的でこのスペースを利用しているのでしょう。カップルはほかのカップルに興味を持とうとはせず、互いのプライバシーを侵害するようなことはしません。
そうはいいながら、”先客”の車が気にならないこともないのでしょう。助手席の彼女が、うしろの車から女の声が聞こえたといいます。男も短く叫ぶような女の声を聞いたような気がします。しかし、確かめにいくわけにもいかず、聞かなかったことにしてしまいます。
彼が車を停めて10分ほど経った頃、うしろに停車していた”先客”の車から強烈な光が彼らの車に発せられます。”用事”の済んだ”先客”のカップルを乗せているであろう車が、彼らの車の脇を通り、高速道路に出て、西へ走り去っていきました。
車内は真っ暗で、どんな人間が運転しているのはわかりません。
クルマはN社の中型車で、色はグレーです。49年型と書いていますから昭和49年(1974)モデルということになり、私が見当をつけた1973年2月14日に起きた出来事という推理とは合わなくなってしまいますが、清張はその年の2月14日を水曜日ということにしたかっただけでしょう。
車種は書いていませんが、これを読みながら、「ケンとメリーのスカイライン」と広告コピーがつけられて当時の若者にも人気であったろう「日産・スカイライン」シリーズの「4代目 C110型」ではなかろうか、と見当をつけました。
間近にいる人間がそこで何をしているかわからないというのは、都会で暮らす人間に共通することでしょう。
あとに残されたふたりの車は、エンジンがかからないトラブルに見舞われ、本来の意味の故障車になり、応援を頼んで”脱出”することができます。
ひとつ先の高井戸インターチェンジで一旦高速を降り、再びそこから高速道路に入り直し、あとは都心方面を目指しました。
すると、非常駐車帯で一緒になったのと同じ車種の車が前方を走っているのに気がつきます。悪戯心を起こした男は、その車のナンバーを見てやろうとスピードを上げて接近しようとするのですが、なぜか前を走る車は速度を上げ、高速で逃げ始めます。
そこから都心まで、首都高速を2台の車で速度を上げて疾走します。
本作をもしもNHKがドラマ化するのであれば、NHKがお気に入りで、清張ドラマで主演に使っている谷原章介を、”先客”の車の持ち主に起用するといいでしょう。
谷原はこの役には悪くないかもしれません。話を現代に置き換えても、本作の場合はさほど違和感なく描けそうです。
非常駐車帯で2月14日の夜に偶然居合わせた謎の車がそこで何をしていたか気になる人は、本作を読んで確認するよりほかありませんね。