有元利夫がいた時代

私は昔から、見るテレビ番組が決まっています。そのひとつに、日曜の午前9時からNHK Eテレ(昔はNKK教育テレビジョン)で放送される「日曜美術館」があります。

途中で「新日曜美術館」に番組名が変わることがありましたが、今は元の番組名です。

民生用ビデオレコーダーを使うようになった1980年代はじめ頃からは、ビデオで録画しながら見るか、あるいは、録画しておいて、あとで見るようになりました。

こんな馴染みを持つ「日曜美術館」ですが、その後、見ないことが多くなってしまいました。このようになったのはいつ頃からか、確認してみました。

昔の「日曜美術館」は、番組の進行役がNHKのアナウンサーで、アシスタント的に、タレントや知識人が加わる形でした。

私があまり見なくなったのは、進行役に知識人を使うようになってからであることがわかりました。

私が感じる油彩画の魅力

あらゆることをデジタル技術で処理しようという今、物質性の強い油絵具を使って絵を描く人は多くないかもしれません。

そういうわけで、多くの人の関心を集めないかもしれないことで、私がある気づきを得たので、それについて書きます。

現在進行形で生み出されている油彩作品を私はよく知りません。どうしても関心は、過去の偉大な画家によって描かれた作品に向かわざるを得ません。

中でも私が最も敬愛するのが17世紀のオランダの画家レンブラント16061669)です。

それよりも前の時代に活躍し、若くして世を去った天才画家にカラヴァッジォ1571~ 1610)がいます。

精神的な目覚めの瞬間:カラヴァッジョの『聖マタイの召命』

カラヴァッジォが世を去ったのが1610年でレンブラントが誕生したのが1606年です。

YouTubeには、それぞれの人のアカウントに、その人が「高く評価した動画」を登録できるようになっています。

油絵具でアクリル絵具のように描けたら

今回は、いつもにも増して個人的な話です。しかも、話の内容は油彩画の技法についてです。絵の描き方に興味のない人には、役に立ちません。

私は、油絵具を使いだす前は、結構長いこと、アクリル絵具で絵を描いていました。

アクリル絵具の画像
アクリル絵具の画像

その期間は、NHK-FMで平日午後6時から生放送されていた「夕べのひととき」(東京発は「夕べの広場」)と土曜日の午後に生放送されていた「FMリクエストアワー」のリスナーとリクエスター(「リクエストする人」の意味で使っています)をしていた期間と重なります。

当時は、ハガキで番組宛てにリクエストカードを書きました。私はそのカードの裏に、リクエスト曲にちなむような、あるいは、ちなまないような(?)絵を描くことをしました。それを描くのに使った絵具がアクリル絵具です。

アクリル絵具を知らない人に説明をしておきます。

芸術作品の評価を操るもの

松本清張19091992)の長編小説『天才画の女』1979)を読み終えました。

本作は、清張が1970年代に、『週刊新潮』に連載した「禁忌の連歌」シリーズの三話目にあたる作品です。私は、本シリーズ4作品すべてを読もうと思い、読み終えました。

きっかけは、本シリーズ四話目の『黒革の手帖』1980)を読んだことです。その作品が同シリーズに含まれた一作であることを知り、同シリーズのほかの三作品に興味を持ち、全4作品を読んだのです。

本作は『週刊新潮』に1978年年3月16日号から同年10月12日号まで連載されたのち、翌1979年2月に単行本が刊行されています。

本作について書かれたネットの事典ウィキペディアを見ると、単行本化された翌年にNHKで一度テレビドラマ化されています。そのドラマは多分見たことがないと思います。

郵便の原型はテレパシー?

芸術について語る人は多くいます。しかし、芸術と郵便を関連付けて論じた書物や、それを語る人はあまりないのではないでしょうか。

どう考えても、普通の考え方を持つ限り、芸術と郵便が結びつくようには思えないからです。しかし、これを結び付けて語る人の映像を見ました。しかも、今から32年前に記録された映像でです。

この土曜日(24日)、NHK Eテレで横尾忠則1936~)が出演した過去の番組が放送されるのを知りました。個人的には横尾の人間性に興味を持つので、録画しました。

その時放送されたのは、1993年2月に放送されたNHK教育の「教育テレビスペシャル」です。その回では「横尾忠則と瀧と冒険」のタイトルで、その頃、横尾が興味を持ち、集中的に描いた瀧にまつわる作品とともに、横尾の考え方を番組にしています。

横尾は1936年の生まれですので、番組が作られたときは57歳です。

人が持つ根源的な欲求

昨日、Yahoo!ニュースで記事がひとつ目に入りました。ある人の発言を話題として扱ってニュースにしたものです。

その話題を提供したのは、ネットの大規模掲示板「2ちゃんねる」のサービスを始めたことで知られる「ひろゆき」こと西村博之氏(1976~)です。

私は西村氏や「ホリエモン」こと堀江貴文氏(1972~)が登場するニュースはなるべく目に入れないようにしています。しかし、今回は内容に興味を持ち、下に貼り付けた記事を読みました。

記事によると、西村氏の発言は、彼が生出演したABEMAのネット番組”Abema Prime”で、ある事柄に反応して飛び出しています。

ひとりの女性バイオリニストが、SNSのXに投稿したものが取り上げられます。その女性は、音楽大学を出ても、その世界で収入を得て生活していくのがいかに大変なことであるかについて書いていたそうです。

この投稿を紹介したあと、西村氏が次のようにコメントします。

油絵具が持つ物質的な魅力

デジタル全盛の今は、物としての物質を所有しない時代といえるでしょう。

写真の場合も、昔は、プリントされた写真を自分の手に取り、物としての実感を味わいながら、それが撮影された時のことを思い出すことができました。私はネガフィルムよりもポジフィルム(リバーサルフィルム)を好みました。それでも、現像されたフィルムは一枚ごとにマウントされ、それを手に持って鑑賞する喜びがありました。

音楽を楽しむにしても、今はネット配信ができたことで、パッケージされた商品としての物がありません。昔はレコード盤やコンパクトディスク(CD)を手に入れ、レコードプレーヤーやCDプレーヤーに自分の手でセットし、音楽を愉しみました。

絵の世界も、漫画チックなものやイラストであれば、PCの画面を見ながら描くことが可能となりました。自分で描かず、人工知能(AI)に作成させることもできます。

私は昨日、絵具と接する時間を持ちました。パレットに油絵具を載せ、自分の手で絵筆を持ち、カンヴァスに絵具を載せていきます。デジタル時代にあっても、やっていることはアナログです。手で触れることができないデジタルでは味わえない実感がアナログにはあります。

今の子供たちが泥んこ遊びをするかどうか知りません。自分の手で泥を掴み、思い思いの形を作る楽しさは何物にも代えられません。油絵具を使って絵を描く行為は、子供の泥んこ遊びに似た楽しさがあります。

つげ義春 独りの世界

つげ義春1937~)という存命中の漫画家がいます。ご存知ですか?

私はその人の存在は知ってはいましたが、漫画に接する機会が極めて少ないこともあり、つげの漫画は読んだことがありません。

つげについて書かれたネットの事典ウィキペディアで確認すると、次のような記述があります。

ガロ』を通じて全共闘世代大学生を始めとする若い読者を獲得。1970年代前半には『ねじ式』『ゲンセンカン主人』などのシュールな作風の作品が高い評価を得て、熱狂的なファンを獲得した。

つげ義春『発表50周年記念 ねじ式 原寸大複製原画集』
つげ義春’s ゲンセンカン主人 summarized in English

漫画家の蛭子能収1947~)も、つげが書いた『ねじ式』を読んで衝撃を受け、まったく興味がなかった大阪万博(日本万国博覧会)へ行くからと嘘をついて、勤めていた看板店を辞め、東京へ出たことが知られています。

ガロの時代

朝日新聞の土曜版には「歴史のダイヤグラム」というコーナーがあります。

このコーナーのことは本コーナーで取り上げたことがあるかもしれませんが、原武史氏(1962~)が毎回、鉄道にまつわるさまざまなエピソードを書いています。

本日のそのコーナーは、つげが、もしかしたら彼の人生で、最も精力的に作品を発表した1968年9月のある日に起きた出来事が書かれています。題して「つげ義春、九州への逃避行」です。

ポートレイト撮影の心得

本日の日経新聞「このヒト」のコーナーに次の記事があります。

記事では、実業団の相撲部として名門の日本通運相撲部で初の女性部員となった奥富夕夏氏(1998~)を紹介しています。

女子相撲に関心を持つ人であれば、奥富氏を知らない人はいないのでしょう。

奥富氏は小学生のときに相撲を始め、千葉県柏市の少年団で相撲を始めたと書かれています。それを読んで、もしかしたら、先月あった九州場所で初優勝を飾った琴櫻将傑関(1997~)とは、子供の頃から相撲を通じた仲間意識を持つのではと思いました。

琴櫻 初優勝!<令和6年九州場所>SUMO

琴桜関も5歳の時に相撲を始めていますが、通ったのが柏の相撲道場だからです。年齢も1歳違いです。

奥富氏は「女子の部では敵なし」の状態で、中学時代には全国大会で優勝を重ねたそうです。日本大学時代も頂点を極め続けたとのことです。

舟越桂の作品について

舟越桂19512024)という彫刻家を知っていますか?

舟越は、彫刻家・舟越保武19122002)の次男として生まれ、父と同じ彫刻家の道を歩みました。

舟越は、今年の3月29日、肺がんで亡くなりました。享年は72です。

私がはじめて舟越を知ったのは1989年4月2日です。日付まで正確にわかるのには理由があります。

その年、NHK総合は毎週日曜日の午後11時25分から45分までの20分間で、「一点中継 つくる」という美術番組を放送していました。毎回、ひとりの作家の創作の様子を伝える番組です。

私は当時から、興味を持った番組は録画する習慣がありました。しかも、深夜の放送ですから、早寝する私は録画してしか見ることができません。

当時のことですから、私はVHS方式のビデオデッキでビデオテープに録画し、あとで見ました。

ですから、舟越を初めて知った日は、4月2日に録画した番組を見た3日以降となります。