舟越は、彫刻家・舟越保武(1912~2002)の次男として生まれ、父と同じ彫刻家の道を歩みました。
舟越は、今年の3月29日、肺がんで亡くなりました。享年は72です。
私がはじめて舟越を知ったのは1989年4月2日です。日付まで正確にわかるのには理由があります。
その年、NHK総合は毎週日曜日の午後11時25分から45分までの20分間で、「一点中継 つくる」という美術番組を放送していました。毎回、ひとりの作家の創作の様子を伝える番組です。
私は当時から、興味を持った番組は録画する習慣がありました。しかも、深夜の放送ですから、早寝する私は録画してしか見ることができません。
当時のことですから、私はVHS方式のビデオデッキでビデオテープに録画し、あとで見ました。
ですから、舟越を初めて知った日は、4月2日に録画した番組を見た3日以降となります。
舟越を録画した番組を非常に興味深く見ました。今もそのとき録画したビデオテープがあり、再生して見ることができます。
その当時の舟越は、多くの場合、モデルをデッサンし、そのあと、クスノキを削って人物の半身像を表現していました。あるモデルは、許可を得るまで時間が長くかかったということでした。
舟越はラジオの気象通報を聴くのが好きだということで、アトリエで創作しながら、気象通報が流れる様子もありました。
舟越は2003年に作品展をしていますが、私もその展覧会は見にいっています。その展覧会に出品する作品を制作する様子が描かれた2003年放送の「日曜美術館」が今年の5月にアンコール放送されました。
このときの番組の司会は山根基世さん(1948~)とタレントの「はな」さん(1971~)です。
私はその再放送された5月10日の放送を録画し、見ました。番組のタイトルは「語りかけるまなざし 彫刻家・舟越桂の世界」です。
私はその年の展覧会で舟越の作品を初めて直に見ました。
舟越は、名前が知られるようになってから、作品が装飾的になったように私は感じています。個人的には、初期の、モデルをそのまま作品にしたようなものが好きです。
日経新聞の最終面は文化面です。本日のそこに、舟越の作品が紹介されています。『戦争をみるスフィンクスII』という作品です。
半身像で、胴体は女性の裸です。その胴体に現実的ではない長い首が付き、その上に笑うでもなく怒るわけでもないような表情をした頭部が載っています。
この舟越の作品を見る美術家が、感じたままを文章にしています。
私にはどうしても「作為的」に見えてしまいます。美術家は「(彫刻の)感情が読めないのならば読めばいい。私たちに読むことの自由が与えられている」と書きます。
私はそこまで難しく見ていません。
裸の胴体の上に、モデルの頭部をそのまま載せてあったら、その表情を自分なりに読み解こうと思ったかもしれません。
ところが本作の頭部は、少し人工的に見えます。頭髪はなく、スキンヘッドです。耳もなく、頭部の両端から、束ねた髪の毛のようなものが両肩に垂れ下がっています。
舟越は有名になるにつれ、それまでの自分とは違う作品を作ろうと考えたのかもしれません。その結果、作品は作為的になり、でき上がった作品が装飾的になったように私には感じます。
それが彫刻家であっても、ひとりの人間の想像力には限界があります。それをわかった上で、マンネリといわれても、自分ができる範囲内で作品を作ることが、一番正直な態度であるように考えます。
舟越も、初期の頃と変わらないような作品を作り続けられたら、マンネリといわれることがあっても、彼らしい作品がより多く残されたように感じます。
