本日の朝日新聞「交論」は、「政治に入り込む陰謀論」と題し、1970年代生まれの大学教授2人が、「陰謀論」を軸に、彼らが一方的に「陰謀論者」と決めつけた人々を非難しています。
慶応大学教授のK谷氏が、はじめに例に挙げているのは、2020年の米大統領選挙を懐疑的に見る見方についてです。
陰謀論を一方的に批判する人は、物事を懐疑的に見ることはないのでしょうか。どんなことでも、権威のある組織や人が述べたことは、疑問を持たず、信じるのですか。
先の大戦では、軍部と軍部に協力せざるを得なくなったのであろうマスメディアが、国民を誤った戦争に駆り立てました。
K谷氏がその時代にいた場合、軍部やマスメディアが伝えることは信じなければならないというのでしょうか。
その時代にも、軍部やマスメディアのいい分をそのまま受け入れなかった人はいたはずです。当時、そんな人は「非国民」と非難され、石を投げつけられました。
今は、「非国民」と同じ意味で、「陰謀論」が使われているように感じてなりません。
いつの時代でも、一方が報じることに、懐疑的な目を持つ人がいます。
K谷氏は、2020年の米大統領選挙の結果に疑問を持つこと自体が間違っていると考えるのでしょう。その考えは、あの米大統領選挙をしっかりと考察した上で、持ったものですか。
調べればおかしな点が無数に見つかります。
おかしなことに気がついた人が、「それはおかしい」ということは、誰にも止められないのではありませんか。個人の思想や信条は、尊重されるべきです。
それなのに、おかしいなをおかしいといっただけで、マスメディアは陰謀論者にしてしまいます。これこそおかしな話です。
もうひとり、東京大学共助のT海氏は、新コロ騒動に違和感を持つ人を、「反ワクチン派」と一絡げにして論じています。
ということは、存在しない新コロウイルスのために作られたことにされているワクチンが、実は、米国のDARPAが、騒動の何年も前から計画していた、人々を殺傷するための化学兵器であることはご存じないか、多少は気づいていても、見て見ぬ振りをしているかのどちらかとお見受けします。
東大では、影響力のある筋からの接待には抵抗力を持たないようです。そんなことでは、正しい判断が鈍るのではありませんか。
自分に直接的な影響が及ばないのであれば、ほかの誰かがどのような悪事をしていても、関わらず、やり過ごす考えの人が少なくないそうですね。
正体がわからない化学兵器であるのに、その筋の専門家は、絶対的な効果を謳い、国民に接種することを強く求めました。
その結果、化学兵器で直接的に亡くなった人が、世界で、少なく見積もっても1700万人いるという説があります。
命が助かっても、強い後遺症で苦しむ人は、世界にどれほどいるかわかりません。
中身を検査することを厳重に禁止されながら、世界には、中身を実際に観察した人がいます。その人によれば、mRNAワクチンを謳いながら、mRNAはまったく入っていなかったそうです。
私は、中身を知らないのに接種を推奨する人よりも、中身を実際に観察し、mRNAなんて入っていないという人のいい分を信じます。
お上のいい分を頭から信じていたのでは、先の大戦前後のマスメディアと同じではないですか。当時のマスメディアは、軍部のいい分を国民にそのまま伝え、しなくてもよかったはずの戦争に向かわせ、多大な人命を失わせました。
同じことが、新コロ騒動でも起こされました。
「反ワクチン派」になるのは、当たり前のことではないですか。冗談をいってもらっては困ります。
米国の大統領選挙や新コロ騒動に疑いを持つことを、勝手に陰謀論者にしたいのは、そうとでもしないと、困ることがあるからでしょう。
そういわなければならない立場でいるため、今回のお二方の学者は、どのような接待を受けたのでしょうか。接待は受けていなくても、今のお立場が保障されれば、誰が化学兵器で亡くなろうが、化学兵器で命を奪われたために生活が困窮する家族がいくら出ようと、関係ないことなのでしょう。
もっとまじめに、世界で今起きていることを見て下さい。陰謀論といって、おかしなことにおかしいと声を挙げる人を封じるのであれば、「全体主義者の協力者」のレッテルを貼らせてもらいます。
