芸術について語る人は多くいます。しかし、芸術と郵便を関連付けて論じた書物や、それを語る人はあまりないのではないでしょうか。
どう考えても、普通の考え方を持つ限り、芸術と郵便が結びつくようには思えないからです。しかし、これを結び付けて語る人の映像を見ました。しかも、今から32年前に記録された映像でです。
この土曜日(24日)、NHK Eテレで横尾忠則(1936~)が出演した過去の番組が放送されるのを知りました。個人的には横尾の人間性に興味を持つので、録画しました。
その時放送されたのは、1993年2月に放送されたNHK教育の「教育テレビスペシャル」です。その回では「横尾忠則と瀧と冒険」のタイトルで、その頃、横尾が興味を持ち、集中的に描いた瀧にまつわる作品とともに、横尾の考え方を番組にしています。
横尾は1936年の生まれですので、番組が作られたときは57歳です。
当時はまだ、一般の個人でPCを使う人は少なかったでしょう。私がPCを使い始めたのは、1999年の5月です。
横尾はいち早くPCを作品制作に取り入れています。自分ではPCの操作はせず、その操作に習熟した人と共に、横尾が集めた大量の瀧の絵葉書やさまざまな画像をPCに取り込み、それを一枚の絵の中にコラージュするようなことをしています。
そのようにして完成させたコラージュ作品を、200号のカンヴァスに、油絵具を使い、3日間で描くことが番組の骨子となっています。
その合間に、日本の各地にある瀧を見に行ったり、芸術についての考え方を語る映像がインサートされています。
そんなインサートされたひとつに、郵便について語る映像がありました。
私は昔から横尾には興味を持ち、主にNHKで横尾を取り上げた番組が放送されると、必ずといっていいほど録画し、見てきました。
そんな私ではありますが、横尾が郵便について語るのは初めて見たような気がします。
横尾は子供の頃から絵を描くのが好きで、小学校と中学校時代は、将来、漫画家か挿絵画家になりたいと考えていたそうです。そして、それと並行するように、郵便というものに強い興味を持ち続けたそうです。
だから、郵便に関するモノには何でも興味を持ち、切手を集めるのはもちろん、ハガキに押されたものでしょうか、風景スタンプなども集めたそうです。
横尾について書かれたネットの事典ウィキペディアを見ると、確かに、郵便に関する記述があります。高校時代は、「郵便友の会」というのを作っています。
また、同じ頃、エリザベス・テーラー(1932~2011)は、横尾にとって同年代の憧れのスターだったのでしょう。彼女にファンレターを書き、彼女から返信があったことが地元紙で報じられたりしています。
当時から、他の人とは違った行動をとり、それが注目を集めることは、今の横尾につながっているように思います。
高校時代になってからは、美大を出た美術教師の影響で、油彩画を熱心に描くようになったそうです。そして、将来の夢も、漫画家と挿絵画家から、画家に変わります。
しかし、その一方で郵便に対する興味が薄れることはありませんでした。だから、郵便局で働く希望も持っていたのです。それで、どちらを選ぶか真剣に悩み、学校の先生に相談したりしたそうです。
現実的な考え方としては、郵便局で働きながら、仕事の合間に絵を描くことならできます。その反対は難しいです。
画家を本業にし、郵便配達を趣味でするわけにはいかないからです。
結局は表現者の道を選び、はじめはグラフィックアーティストとして世の中に出ていくことになりました。
横尾としても、どうして自分は郵便というものに強い興味を持つのか、自分で考えたりしたのでしょう。そして、芸術と郵便が対極に位置するものではないことに気がついた、と番組で語ります。
横尾は精神世界に傾倒した時期があり、芸術表現も精神的なものを抜きには考えられないのでしょう。だから、何かを表現するとき、横尾が最も重要だと考えるのが「直感」だとしています。
どこかからそれを得て、自分が何かを表現できるというわけです。
大昔の人間は、誰でも等しく、他者との意思疎通がはかれたのではないか、と横尾は考えるのです。
そして、何かを表現する人間は、直感を「テレパシー」のようなもので得ているのではと考えます。そしてこのテレパシーが、「郵便の原型」という考え方が横尾の中で生まれ、横尾なりに、自分が子供の頃から興味を持つ絵と郵便の関係をすっきりと整理できたのでしょう。
人間世界は、さまざまな技術の発達により、人間が本来持っていた能力を失っていきました。横尾にいわせれば、郵便というものが生まれる前の人間は、それを使わなくても、他者とのやり取りが、できていたのではないのかというわけです。
横尾はこの番組の骨子となる200号の油彩画を、東京・渋谷のNHK放送センターで最も広い101スタジオをその制作のために使っています。スタジオの床が汚れないよう、床には大きなビニールシートが敷かれています。
私はその昔、NHK放送センターで、大道具の仕事をしたことがあります。ドラマに使われるスタジオは105スタジオが多かったように記憶します。
101スタジオでも、何かの特番のために、大道具のセットを組むのを手伝ったことがありました。
大きなイーゼルに据えられたカンヴァスに、PCで作ったコラージュ作品をプロジェクターで投影し、まずは、下絵を油絵具で描いています。
そのあとは、基絵をプリントした紙を見ながら、個々の部分に色を付けていきます。
横尾はグラフィックデザイナーとしてスタートしたこともあり、油絵具の扱い方が独特です。絵具は溶剤で液体のように溶かれ、インクか何かを塗るようにカンヴァスに色を付けていきます。
色はあまり混ぜず、原色のまま使ったりしています。
横尾は、描いている絵の出来が気に入らなかったのか、半分以上描いた絵を床に水平に起き、その上に、溶剤をぶちまけるようなことをします。
それをまた立てると、溶剤によって塗られた絵具が溶け、せっかく描いた絵が、台無しになってしまったように見えます。
横尾はその絵にまた描くことをし、最終的には完成させています。もっとも、横尾にとっては、絵というものはどれも未完成だとしています。人々の人生が未完成で、完成することがないように。
横尾を取り上げた番組や文章に接すると、必ず、何かしらの気づきを得ます。
今回は、大昔の人々が「テレパシー」のようなものを当たり前に使っていただろうという考え方です。
32年前、番組のために油彩画を制作したときも、途中でテレパシーで直感を得、描いている途中の油彩画に溶剤を大量に振りかける行為に及んだのかもしれないと考えることもできそうです。
横尾にとっては、毎日見る夢も何かの暗示になり、番組が制作される頃は、瀧の夢ばかり見て、それが滝を描く連作へとつながったということになります。
