度肝を抜かれた熊澤被告の突然の保釈判断

今年の6月1日、東京都内の自宅で息子を36カ所以上刺して殺害した元農水次官の熊澤英昭被告に、今月16日、東京地方裁判所で判決がいい渡されました。

検察側は8年を求刑しましたが、裁判長は6年の収監をいいわたしました。

私は法律に疎いため、この判決をもって裁判は終了し、熊澤被告の判決が確定したものと考えました。

しかし、この事件と裁判には、誰も予想できなかったような展開が待っていたのでした。

熊澤被告は、事件を起こした当日、自ら警察に電話し、駆けつけた警察官に署へ連行されました。事件当日は日曜日で、自宅に隣接する小学校で運動会が行われていました。

その騒音に激高した息子の英一郎氏(44)を見て、この事件の前に川崎で起きた無差別殺傷事件が思い浮かび、自分の息子が同じような事件を起こしたら大変と考え、咄嗟に息子の命を奪った、と連行直後の容疑者は供述したらしく、マスメディアは当時はまだ容疑者だった被告のいい分をそのまま報じました。

この供述は、被告なりの計算によって述べられたのであろうことが、裁判の中で明らかになっています。

この事件の裁判員裁判で、12日、ひとりの裁判員がこのことを被告に尋ねると、次のように答えたと14日の朝日新聞にあります。

(川崎の事件の容疑者と)息子の境遇が似ており、危惧は覚えた。(しかし)殺害の直接の原因ではない。

東京地裁の裁判長は、英一郎氏が25年ぶりに自宅に戻り、一週間ほどで殺害したことを「短絡的な犯行」と断罪しています。

上に紹介した被告の供述も短絡的と思われます。

川崎の事件の容疑者と英一郎氏の境遇が似ていると述べたとされていますが、第三者の眼には、まったく似ていないように感じます。

川崎の容疑者と英一郎氏は、育った環境も、性格も異なっています。それを同一視しているのであるとすれば、 短絡的な考えといわざるを得ません。

16日に判決が出たことが報じられると、Yahoo!ニュースには、例によって被告に同情する書き込みが数多くありました。その中に、英一郎氏のような息子を持ったことが不運と書くものがありました。

法廷でも、被告の妻がそれに通じる次のような証言をしています。

アスペルガーに生んでしまって申し訳ない。

これは、被告の夫を弁護するつもりの証言でしょう。結局のところ、息子がアスペルガー症候群であったことが悲劇を生んだと母親自身が考えたということになります。

発達障害の人がいる家族は、この証言を聞いて、どう感じるでしょう。

こうした背景があるため、私はどうしても、3年前の夏に神奈川県相模原市で起きた事件を重ね合わせて考えてしまうのです。

この事件を起こした植松聖被告(29)は、「意思疎通のできない人間は生きる価値はない」と考え、障害者の殺害を行っています。

また、世の中が病んでいると感じるのは、同被告を擁護する考えを持つ人が少なくないことです。

事件のあとに共同通信社が行ったというアンケート結果がこの事件を記述したウィキペディアにありますが、それによりますと、アンケートに答えた知的障碍者のいる家族のうち、68%から、事件後に障害者を取り巻く環境が悪化したと感じた経験があるとの結果が出たそうです。

ネットの大規模掲示板「2ちゃんねる」(5ちゃんねる)では黎明期から過激な書き込みが繰り広げられており、この事件についての書き込みを私は確認していませんが、事件の被告に同調するような書き込みも多数あったでしょう。

発達障害を持つ者に対しても、ネットの対応は優しいといえない面が多々あります。

これに加えて、川崎の事件が起こる前から、大手マスメディアは、上から指示でも受けたかのように、大人のひきこもりに厳しい目を向ける報道が展開されています。

現在大人の年齢に達する人が子供時代、アスペルガー症候群のような認識を世の中は共有しておらず、それが原因で起こす問題行動に周囲も当人も戸惑うしかありませんでした。

ほかならぬ私自身もその傾向を持つと自覚しており、それだから、この事件に拘らずにいられない面があるといえます。

自分の子供の頃を振り返りますと、親は私を保育園へ2年通わせたかったようです。ところが、1年目は通うことを嫌がり、バスに乗せようとされると、私は泣いて水溜りに寝転がったりしたようです。

結局1年目は諦め、1年だけ通うことになりました。

団体行動は苦手で、大人になった今も、独りでいることを好みます。

別に、特別な障害は持っていないのでしょうが、テレビに出演されることの多いマンガ家の蛭子能収氏は、葬儀に出席しないという主義を持ち、実行されているそうです。以前、Yahoo!ニュースで紹介されているのを読み、それを知りました。

それがいつから続く主義なのか知りませんが、きっかけは、静かにしている葬儀の最中、蛭子氏が笑い出したりしたことのようです。

蛭子氏にもいい分があります。葬儀に出席する人というのは、その場に合わせたように、神妙な顔をしたりします。氏にはそれが馬鹿げたことに思え、こらえきれなくなって笑ってしまう、といっているように私は理解しました。

蛭子氏はテレビ出演などを通し、芸能関係者とも知り合いの人が多いでしょう。ですから、その中の誰かが亡くなれば、当然の付き合いとして、葬儀には出席するなり、焼香に訪れたりするでしょう。

そうしたことを蛭子氏はしない主義を貫いているそうです。こんな氏ですから、自分の葬儀もしなくていいと“宣言”されているそうです。

私もこの手の集まりは苦手で、結婚式は、2000年10月に亡くなった姉の結婚式のほかは、姉が残した息子と娘、つまり、甥と姪の結婚式に出ただけです。これらも、決死の覚悟(?)で出ました。

葬儀は、自分の両親と姉のほかは、今年、義兄の妹の通夜に行ったくらいで、ほかは記憶にありません。義兄の両親も亡くなりましたが、いずれも出席していませんね。

私の周囲の人からは、ま、変わり者と見られており、出席しないからといって、何かいわれることはありません。

律儀に出席するような人からは、「自分もそんな風にできたら楽だ」と思われるかもしれませんが、こちらはこちらで、そのように見られる中で自分のスタイルを貫くのは、傍が考えているより数十倍も大変な気持ちであることはわかってもらえないでしょう。

今回の事件で父に惨殺された英一郎氏についても、ネットのそれこそ2ちゃんねるなどでは、「親の金で、働きもせず、ネットゲームに浸っていたのだから、殺されても文句はいえない」といったいわれ方もされていますが、英一郎氏が人知れず苦しんでいたことに思いを馳せる人は多くないかもしれません。

今回の事件の裁判で検察は、英一郎氏がSNSで次のような発信をしていたことも紹介しています。

お父さん(熊澤被告)はBSE(牛海綿状脳症)問題を解決に導いたすごい人

この事件の被告や被害者に限らず、人間の脳というのは多面的で、いつも同じ考えや行動をしているわけではありません。

何か問題行動や事件を起こす人であっても、別の場面では、他者に救いの手を差し伸べるようなことも考え、しているかもしれません。

反対に、これまで事件を起こさずに生きてきた人の心の中には、事件を起こした人と同じような考えを持つタイミングもあるでしょう。

結果がたまたま違うだけで、犯罪者と何も起こさず一生を終える人の中身は、それほど大差ないといえなくもない、ように私は考えています。

様々な要素が重なって今回の事件を熊澤被告が起こしました。その罪に対し、東京地裁は6年の判決を下しました。それをもって、私は被告の刑が確定したと受け取りました。それが、判決があった4日後の20日、予期せぬことが起きました。

その日の夕方頃であったと思いますが、何気なくYahoo!にアクセスすると、熊澤被告を保釈する決定があったことを報じる記事があり、わけがわからなくなりました。

報道する側も似たような驚きを持ったようで、Yahoo!ニュースに上がっていた『FLASH』の記事には次のようにありました。

保釈が決定したと聞いたときは、耳を疑いました。殺人罪で実刑判決を受けた被告が保釈されるなど、まずないからです。殺人を犯した人間が世に出るわけですから、通常なら再犯の恐れも生じるでしょう。今回は異例です。

これは大手紙記者の素直な感想を伝えるものです。

このことは、判決が出たことを伝えた各報道でも伝えられていなかったように記憶していますが、判決がいい渡されると、弁護側はすぐに被告の保釈を求める抗告をしたそうです。しかし、東京地裁は弁護人の不服を認めなかったそうです。

公判の中で被告は、次のように述べた、と14日の産経新聞の記事にあります。

罪を償い、息子があの世で穏やかに過ごせるように祈りをささげることが私の務めだと思う。

被告のこの“誓い”は理解できなくもありませんが、こうした気持ちをどれだけ維持できるものか、疑問に思わなくもありません。

九死に一生を得たりしますと、「一度はなくした命と考え、今後は世のため、人のために生きたいと思います」などといってみたりしがちです。

しかし、多くの人の“誓い”は、時間と共に薄れてしまうものです。

私のことでいいますと、2004年8月下旬、自転車で急坂を走行中に、おそらくは転倒し、頭を道路に強く打ち付け、その場で意識を失う経験をしました。

あとで聞くと、道路を車で通りかかった人と、郵便配達の途中の局員が、道路脇に倒れている私を発見してくれ、病院に連絡してくれたそうです。

病院へ緊急搬送された私は、瞳孔が開いた状態で、処置があと1時間遅れたら命がなかった、とあとで知らされました。

急性硬膜下血腫を起こした私の脳を、病院の医師が手術してくれたことで、一命をとりとめることができたことになります。

一週間から10日ほど失っていた意識を取り戻し、それを聞かされた私は、新たに命を授かったように正直感じました。その後は、何事も一生懸命することを自分に誓ったりしたものですが、いつの間にか、今のだらしない自分に戻っていますf(^_^)

それはともかく、覚悟をもって息子を惨殺した熊澤被告ですから、6年の判決をいい渡されても、まさか不服に感じ、抗告するようなことはないだろうと私は考えました。

事件のあと、被告の妹は、兄を「武士のよう」と褒めたたえています。私は、世の中で共有されるような「武士像」は幻想と考えますが、それは脇に置き、建前上であっても武士になぞらえるのであれば、そのイメージを大切にし、判決に素直に従うものと想像しました。

ところが、判決直後に、弁護人を通じて「早くここ(拘置所)から出してくれ」と保釈願をしていたというのですから、「あの世の息子の心の安寧を祈る」という誓いを、早速疑う気持ちになってしまいます。

被告の弁護人は、東京地裁が被告の保釈をはねつけたため、東京高等裁判所に保釈のための抗告をしたそうです。

それを東京高裁が認める決定をし、500万円の保釈金を現金で納付し、20日の午後6時53分、拘置所から保釈されています。

刑事訴訟法について、21日の産経新聞には次のように書かれています。

刑事訴訟法は、逃亡や証拠隠滅の恐れの程度のほか、健康上、経済場などの事情により裁判所が適当と認めるときは保釈を許すことができると規定しています。

そういう規定があるにせよ、殺人事件で実刑判決の出た被告が保釈される例は稀のようです。それだから、大手紙の記者も大いに驚いたわけです。

犯罪を起こしたものを裁判にかけ、その結果、懲役刑を下すことがあるのは、犯罪者を刑務所に収監し、その不自由な経験を積ませることで、罪を償わせる意味合いを持つのでしょう。

そうなのであれば、どんな事情があるにせよ、今回の事件の熊沢被告にそれを課さないのは納得できません。すぐ上の方で書きましたように、いっときは過酷な経験によって強い誓いを立てたものの、それまでの日常生活に戻ることで、その誓いが容易く薄れることを経験的に知っているからです。同じ心境変化が、被告に現れない保証はありません。

被告の判決に対する控訴の期限は、年明けの1月6日だそうです。その日が裁判所の仕事始めかもしれません。その日までに、検察側と弁護側から控訴がなければ、そこで熊澤被告の刑が確定することになるのでしょう。

それにしても、同じような条件で、平民が父親が息子を惨殺した場合、熊澤被告のような判決と温情に満ちた保釈が実現するかは疑わしいといわざるを得ません。

今発売中の『週刊文春』は、拘留中の被告の様子が書かれています。

事件から約半年間、元高級官僚の同僚だった人や友人がたびたび面会に訪れたそうです。

そんな中のひとりは、判決が出る前、熊澤被告も事件を起こす前にネットで検索をかけた執行猶予の判決が出ることを望み、次のような言葉を被告にかけたそうです。

来年2月に昔の官僚仲間で集まるから、そのときまでには出てきてくれよ。

想像しますに、高級官僚らには、平民の知らないところにネットワークのようなものを持ち、さまざまな融通をしているのではないでしょうか。それを使って元同僚や友人が力を持つ者や部署に働きかけ、その結果として、極めて稀な保釈が実現した、と採れなくもありません。

元民主党で、現在は無所属の国会議員、福島伸享氏(49)も熊澤被告とは交流を持たれていたように聞いています。福島議員といえば、森友学園問題では、国会で厳しく追及してくれていたのを記憶しています。

保釈された被告は、早速仲間の輪に囲まれ、昔話ついでに、被告に惨殺された英一郎氏や、大人の発達障害、ひきこもりをする大人の悪口の花を咲かせている(?)かもしれません。

今回の保釈ですが、これが一時的な措置なのか、それとも二度と拘留や収監がされないのか、私はわかっていません。

といいますのも、被告の妻が鬱状態にあるのだそうで、妻と年末年始を過ごし、再び拘留なり収監などをされるのでは、といった書き込みをYahoo!のコメント欄で見かけたからです。

ともあれ、今回の事件で思い知らされたことがあります。それは、大人の発達障害を持つ者と、ひきこもりをする人間へ、世間は非常に冷たく厳しい目を持っていることです。

Yahoo!の書き込みには、そうした人間を「排除」してくれたとして、熊沢被告を賛美するものまでありました。

途中で書きましたが、人間の中身は、人が考えるほど単純なものではなく、混沌としているものだと私は考えます。健常者と障害者の境界も実は混沌としているのではないでしょうか。

今は優位に立った気になり、攻撃している人間が、いつ、攻撃される側に回るかわからないということです。

ダスティン・ホフマンが主演し、サイモン&ガーファンクルの名曲が散りばめられた映画『卒業』のラストシーンは有名です。

https://www.youtube.com/watch?v=6KnSucVko1s

私は時々考えてみます。結婚式が行われている教会から花嫁を奪った男は、その後、元花嫁と幸せに暮らせたのだろうか、と。

https://youtu.be/4Ccgk8PXz64

「保釈された熊澤被告が妻のもとへ戻り、以後、平穏に暮らしましたとさ」となれば「めでたし、めでたし」です。が、映画『卒業』のその後を不安視するように、熊澤被告夫妻の今後にも、どうなるかわからない不安を、私は無責任に持ったりします。

被告の息子がこの世からいなくなるまで、息子が夫妻の共通の“地雷源”であり続けたでしょう。

それらを共有するふたりは、夫妻で喧嘩することがあっても、「英一郎には困ったものだ」「ほんと、困った子ね」と、話題は息子に戻り、ふたりはもとの鞘に戻ることができたかもしれません。

ところが、今回の事件で地雷源がなくなり、夫妻は迷惑者を間に挟まずに互いに向き合うことが増えます。何か諍いがあっても、長く共有したであろう厄介者へ怒りの矛先を向けることができなくなります。

厄介者がいなければいつも夫婦が幸せでいられるかといえば、人間は愚かなもので、すぐに別の厄介事を作ってしまいます。

生きた息子の身体に、36回以上刃物を突き刺した被告の感覚は死ぬまで残るでしょう。こればかりは、無罪放免になったとしても消え去ることはありません。

夜、6年の求刑をいいわたされた元被告は、閉じた目の奥に亡き息子の姿や、惨殺の場面が甦ることはないでしょうか。英一郎氏は大量の出血死しています。英一郎氏は布団の上で、血まみれになって息絶えたのです。

アルフレッド・ヒッチコック監督の映画『マーニー』(1964)では、赤い色に強烈に反応する女を描きました。

私が熊沢被告の立場であれば、マーニーと同じように、血の赤に反応せずにはいられないでしょう。

保釈を勝ち取っても、自分が犯した罪が消え去るわけではありません。何度も自分が犯したことを振り返るでしょう。傍にいた妻も心境は変わりません。ふたりは事件の話は極力避けるはずです。しかし、心の中は常にそのことがわだかまり続けます。

どんな夫婦であっても、つまらないきっかけで不満を爆発させたりするものです。口論に発展すれば、普段考えている相手への不満が口を突いて出ます。

その中に、息子の育て方についての不満が含まれた場合、互いを非難する応酬合戦に発展しかねません。

実の息子の身体に刃物を36回以上も突き刺した被告です。再び同じことを起こさない保証はありません。喧嘩を止める者がほかにいない密室の中での争いです。口論の挙句の果てに、台所の包丁を手に取らないとも限りません。

この事件の続編を作るつもりで、勝手に妄想を膨らませてみました。

私の杞憂であることを願います

最後に、保釈についての報道について書いておきます。

異例のことですから、各紙が大きく取り上げると思いました。しかし、意外なほど小さな扱いでした。正直なところ、どんな風に報じるか迷ったのかもしれません。

それにしても、翌日の朝日新聞の朝刊は、他紙に比べて極めて小さな扱いでした。ちなみに、家では朝日のほか、日経、産経、地元紙の4紙をとっています。

下の画像は、朝日の記事が小さかったことを示すため、同じ紙面の他の記事と共に、部分を紹介します。

赤い線で囲んだ部分がその記事です。テレビ欄がある最終面から3ページ手前のページの一部分です。はじめは、他紙には載っている記事が朝日には載っていないのかと考えたほどでした。

裁判所の異例の判断ですから、近いうちに、朝日は「社説」で取り上げてくれると期待していますが、どんな考え方を披露してくれるでしょう。

色々な意味で楽しみに待つことにします。

それが載り、自分の考えと違うときは、本コーナーで取り上げるかもしれません。

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