前回に続いて、油絵具を使った絵画表現について書きます。
私は油彩画に興味を持ったのと、17世紀のオランダの画家レンブラント(1606~1669)に興味を持ったのがほぼ同時であったように思います。
版画家、棟方志功(1903~1975)は自分を板画家(はんがか)と名乗りましたが、はじめは油彩画を描きました。
棟方が絵を描き始めるきっかけの話が、棟方の人となりと制作風景を記録した『彫る・棟方志功の世界』という映像に残っています。
私はその映像作品がビデオになったものを持っています。

棟方は子供の頃から極度の近眼でした。青森の長島小学校へ通っているときモーリス・ファルマン(MF.7)という飛行機が飛来したというので、学校の児童みんながそれを見に駆けつけたそうです。
棟方は他の児童に押されるようにして、前のめりに倒れたそうです。腹ばいの棟方がふと顔を上げると、目の前に小さい、小さいオモダカの花が咲いていたそうです。
棟方のものいいを真似れば、それが「可愛いぃ、可愛いぃ」オモダカに見え、自分はそれを表現するような人間になろう、そのためには絵描きになろうとその子供の頃に決めてしまったということでした。
棟方はファン・ゴッホ(1853~1890)に心酔します。棟方には一途なところがあるので、以来、ゴッホというのが油彩画のことだと思い、子供の頃はゴッホ、ゴッホ、ゴッホと、咳をするようにつぶやいていたそうです。
それが私にはレンブラントです。レンブラント以上の油彩画家はいないと考えています。
レンブラントの画集や技術書で私が特に参考にするのは、レンブラントが自分自身を描いた自画像です。想像や記憶で自画像を描く画家はいません。
鏡に映る己を油絵具で描きます。自分を自分で描くので、遠慮はいりません。時間的にも自由です。好きなだけ自分の顔を見て、気の済むまで絵具と戯れることができます。
だから、レンブラントの描いた自画像には、レンブラントが持つ油彩画技法が集約されていると思います。
晩年になるほど、レンブラントの油彩技法は熟成されます。そこにある自分の顔を再現するように描くのではなく、自分の眼を信じ、見えた色を絵具で表現しています。
晩年のレンブラントは、後半生の伴侶であったヘンドリッキェも、愛息のティトゥスにも去られてしまいました。財産を没収され、屋根裏部屋のようなところで絵を描いています。
それでも、カンヴァスに向かって絵具を載せているときは、何物にも代えられない幸福感を得ていただろうと想像します。
カンヴァスと絵具とパレットと筆とメディウムがあれば、油彩画は描けます。財産を失っても、住む環境が低下しても、絵を描けるだけでレンブラントの心は満たされていたのではないでしょうか。
レンブラントが残した自画像を眺め、そんなことを想像しました。
