大学生の就職活動を「就活」というようになったのはずいぶん前です。その後マスメディアは、どんなことにも「〇活」としたがるようになりました。
その一環で、いつの頃からか「就活」の変形で「終活」が使われるようになりました。私はこの手のいい方が嫌いです。ですから、自分でそのようなことを考えることはなく、そのような「活動」をすることもありません。
本コーナーで、横尾忠則(1936~)が、相談者の人生質問に答える『老いと創造 朦朧人生相談』を、Amazonが提供するオーディオブックのAudible版で聴いたことを書きました。
横尾への数ある質問のひとつに、87歳になられた横尾へ「終活」を尋ねたものがあります。それに横尾がどのように答えるか、興味を持って聴きました。
横尾は、自分に限らず、画家が等しく抱える「悲劇」について語っています。
横尾曰く、画家が作品を残してこの世を去ったなら、残された画家の家族は10カ月以内に、残された作品に対応しなければならなくなるそうです。
画家によって描かれた作品が自宅にある場合は、作品一点ごとに査定され、評価価格に見合った税金が遺族に課されてしまうそうです。
画家が描く先から、美術館やコレクターの手に渡ればいいですが、そんな画家はいません。
かといって、美術館に寄贈しようと思っても、どの美術館も多くの作品を所蔵しており、引き取ってもらうのが難しいそうです。
横尾はひとりの日本画家の例を挙げています。
有名な日本画家の奥村土牛(1889~1990)の作品は、作品が知られたことで値が上がりました。
それに伴った課税に苦しんだ遺族は、奥村が残した作品を大量に焼却処分したと横尾が語っています。
19世紀のフランスではどのような課税になっていたかわかりませんが、幻想的な作品を大量に描き、そのすべてを自宅に飾っていたギュスターヴ・モロー(1826~1898)は、生前に、アトリエとしても使っていた自宅を作品ごとフランス政府に買い取ってもらい、国が所有するモロー個人の美術館になっています。
横尾は速描きとして知られます。最近放送された横尾を追った番組でも、5回手を入れて完成させる様子がありました。昨年開かれた「横尾忠則 寒山百得」展のために、一年で102枚の作品を描いています。
このような調子でこれまで描いた横尾ですから、自分でもどれだけの作品を描いたかわからいでしょう。その多くが、美術館やコレクターの手には渡っていないはずです。
横尾は名の知れた美術家です。自宅やアトリエにある作品一点一点が課税の対象になったら、税金がどれぐらいになるかわかりません。
ということで、横尾自身はこの世を去っていくだけですが、残される遺族のことを考えたとき、横尾としても、頭を悩ますのかもしれません。
最終的には、ありあまるほどの金を持つどこかの誰かが横尾の作品をまとめ買いし、税金を肩代わりしてくれるようなことになる(?)のでしょうか。
