ジャーナリストを名乗るなら覚悟を示せ

ジャーナリストといってもピンからキリまであります。日本に限っていえば、サラリーマン記者は、記事も書く会社員でしかないでしょう。何の覚悟も感じられません。

夏の高校野球が行われていますので、それを伝える記事に接すれば、私がいおうとすることはわかってもらえるだろうと思います。

たとえば、この記事に目を通してみてください。

これは、夏の高校野球の主催新聞、朝日新聞に勤めるサラリーマン記者が書いた記事です。これを書いた記者は、自分が書いた記事に己惚れているのかもしれません。

また、これを読んだ人が、「いい話だ」と“感動の押し売り”を、それと知らずに受け取ってしまったりするのかもしれません。

私は記事の見出しを見ただけで、嫌な気分になりました。

2003/03/23 ケン・ジョセフの衝撃リポート

イラクへの攻撃が始まってからというもの、“情”に流された「反戦=反米」のうねりは日増しに大きくなっているようです。

この動きは、著名人へも反戦意識の高まりとなって表れているようで、今日の日経新聞には女性歌手の宇多田ヒカルさんと矢井田瞳さんの例が書かれており、それによれば、それぞれの自サイト内で彼女たちは以下のように反戦を訴えているそうです。

正しい戦争なんて無い。本当にこの戦争が必要で正義の行為だと、思っている人達がいる。それが私には信じられない。(宇多田ヒカル)

誰かに愛されているはずの人が、誰かの愛する人の血を流すのは紛れも無い事実だろう? 戦争反対。

2003/02/22 フセイン帝国の恐怖

またしてもイラク情勢について書こうと思いますが、今や反米感情を有する一部マスメディアが主導する形で全世界に「反戦=反米=イラク擁護」の嵐が吹き荒れていますが、その張本人といいますか“張本国”のイラクについて報じる新聞、テレビはそれほど多くありません。

実際のところイラクとはどんな国で、その国を支配しているサッダーム・フセインとはどんな人物なのか、少なくとも私は、知識を持ち合わせていません。そんなところに実にタイムリーに、今日の地方紙には1ページを費やしてフセインとイラクについて解説した記事が特集されています。ですので、そこから拾い読みしながらイラクの現状の一端を確認していこうと思います。

まずサッダーム・フセインとはどんな人物で、どのようにして権力を手に入れていったのかということですが、フセインが伝記作家に語ったことが確かだとすれば(こうした場合、事実が誇張されるのが常ではありますが)、彼は1937年4月、イラクの首都バグダードの北約160キロにあるティクリート近郊のアルアウジャという村で生まれたそうです。

2002/05/16 流奈君・奇跡の詩人

移り変わりの激しい現代においては既に古い話題の部類に入るのかもしれませんが、本日は、先月末に放送され、今なお人々の議論の的となっているテレビ番組について書きます。

4月28日にNHK総合で放送された「NHKスペシャル 奇跡の詩人・11歳 脳障害児のメッセージ」という番組です。

番組をご覧になっていない方のために簡単に内容を説明しますと、生まれつき脳に重い障害を持った少年・日木流奈(ひき・るな)君は、五十音の文字盤を通じて母親と会話し、その会話の中から驚くべき詩を次々と生み出し、それが書物となって世の多くの人たちを励まし続けている、というものです。

私はその番組を紹介した新聞のテレビ欄を目にし、放送も見ました。

番組を見る以前、私が勝手に想像していたのは、少年はゆっくりと一文字ずつ指さしたり、あるいは、ワープロのようなもので一文字ずつ入力して自分の意志を伝えている、のかと思っていたのですが、映像で紹介された場面は、私の想像を覆すものでした。

2000/10/30 桶川ストーカー殺人事件

マスメディアは、組織や個人の責任を追及しますが、マスメディア自身が犯した問題の追及は誰がするのでしょうか?

昨日、ある“報道系”番組を見ました。『スクープ21』(テレビ朝日/日曜18:56~19:54)という番組です。

昨日の放送でメインに取り上げられたのは、昨年の10月に埼玉県桶川市で起こった「桶川ストーカー殺人事件」です。

私はこの事件にことさら関心はなかったため、事件のあらましやその後の報道についての知識はありません。しかし、断片的ではありますが、テレビのワイドショーをはじめ、一部の雑誌、新聞などで、被害者の女性に対しての名誉毀損的な報道がされていたことは記憶しています。