自民党の西田昌司参議院議員(1958~)が、沖縄で催されたシンポジウムで発言したことを、マスメディアは未だに批判的に取り上げることをしています。
本騒動については、本コーナーでも取り上げました。その中で、私の考えはだいたい書いたつもりです。
今も、沖縄のマスメディアを中心に、熱心に本騒動を取り上げています。それらがYahoo!ニュースに上がるたびにそれとなく目を通しますが、多くが「批判のための批判」に終始している印象です。
西田氏は、その日にあったシンポジウムの講演では、沖縄についてばかり語っているわけではありません。西田氏の講演で少し触れられた沖縄戦についてだけ取り上げるのは、西田氏が指摘したように、「切り取り報道」といわざるを得ません。
上に埋め込んだのが、今回の騒動の「種」にされている発言が含まれる西田氏の講演会を記録した動画です。ノーカット版を見ることで、沖縄関連の話がいかに短いものであったかわかります。
西田氏の講演会は全体で40分ほどです。沖縄に言及するのは、終盤の31分20秒あたりです。それまでは沖縄に全く触れていません。
先の大戦が終わって日本に入って来た連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって、それまでの日本の価値観を乱暴に変換するため、教育が利用されたことなどについて話しています。
その関連の話として、沖縄に言及しているのです。
西田氏の沖縄の話は、33分20秒ぐらいで終わっています。つまり、沖縄には、40分程度の講演で2分間触れただけということです。これは、切り取り報道以外の何物でもないです。
西田氏は、米軍や戦後の日本のマスメディア、それらに連なる政治的な思惑に不満を持ち、考え方の一片を語ったということでしょう。
同じ講演の中では、原子爆弾を投下された広島の平和記念公園にある慰霊碑についても語っています。
その碑には、次のような文言が刻まれています。
安らかに眠ってください。あやまちは再び繰り返しませぬから
これが、原爆を落とされた日本の広島の慰霊碑に刻まれていることに違和感を持つ人が多いでしょう。このことについても、西田氏はシンポジウムの講演で語りかけているのです。
それが戦争であっても、原爆を落とされたのは日本です。原爆の甚大な被害に遭った側の日本が、どうして「あやまち」を謝らなければならないのでしょう? 普通の国であれば、戦後何十年経とうと、原爆を落とした米国を許す気にはならないはずです。
ところが、戦後の日本を統治するために入って来たGHQによって「飼いならされた」か、彼らのいうことを聞いていた方が得だと考えた日本の上層部の損得勘定によってか、急速に米国への憎しみを忘れさせられ、戦後は、米国に付き従うような国にさせられ、そのことに、国民自身も不信感を持たないように「教育」させられました。
同じ「構図」が沖縄を巡る戦争観でもあるのでは、と西田氏は述べたいのだと私は理解しました。
今回の騒動を受けて、本日の朝日新聞には次の記事が載りました。
記事を読みましたが、中身が乏しい印象です。
本記事には、ひめゆり平和祈念資料館の館長を、2002年から2010年まで務められた本村つるさんが登場します。本村さんが記事で語ることは、今回の騒動を受けてのことではありません。
本村さんは、2023年に97歳で亡くなっています。本村さんが生前に語ったことを、今回の騒動にあわせ、振り返る内容です。
見出しに「沖縄戦の実相」とあります。
ただ、こんなふうな見出しになっていても、沖縄戦の全体像が語られているわけではありません。
本村さんは、ひめゆり学徒隊として動員されることになった沖縄県立第一高等女学校を卒業したあと、教師を目指して、沖縄師範学校女子部にも通ったということで、ひめゆり学徒隊に関った両方の学校に関っています。
そのため、先の大戦末期に、本村さんもひめゆり学徒隊のひとりとして、沖縄戦を体験しています。それでも、個人の眼でしか戦いを見ることができないため、自分の身の周りで起きたことを語る以外のことができません。
あるときは、本村さんらがいた場所の近くに米軍の爆弾が落ち、引率する教師が「走れ」と命じ、下級生らと別々に逃げることがあったと語っています。
そのとき、米軍の戦車の音が聞こえ、「ここも危ないな」と思っている間に、下級生のひとりが「やられた」と大声を上げたそうです。
見ると、敵の弾を腰のあたりに受け、動けなくなっていたそうです。
その下級生には「あとで迎えに来る」といってその場から離れたものの、結局は、そこへ戻って助けることができなかったそうです。それをのちのちまで悔やみ、考え続けたというような話をされています。
これはこれで貴重な話です。しかし、私が知りたいのは、当時の体験と、戦後の総括をどのように考えたのかということです。
そのあたりのことが、朝日の記事にはひとつも書かれていません。だから、記事を読んでも、消化不良のまま終わってしまうのです。
朝日としては、西田氏を巡る騒動を受け、どれだけ沖縄戦が悲惨なものであったのかを印象付けたかったのでしょう。しかし、戦争が悲惨なものであるのは、沖縄に限ったことではありません。
日本中のどの戦場でも、同じような話はいくらでも転がっているでしょう。
私が読みたかったのは、そのような体験を経て、資料館の館長をされた本村さんが、沖縄戦をどのように考え、その戦争に対する米軍の罪をどのように問うたのかです。
本村さんの体験談を聞いても、戦場を一緒に逃げ惑ったひめゆり学徒隊への思いはあっても、その元凶となった米軍に対する恐怖や憎しみのような話が不思議なほど出てきません。
これはなぜでしょうか?
西田氏が沖縄戦で不満を持つのは、まるで日本軍がひめゆり学徒隊を死なせ、沖縄に入った米軍によって平和がもたらされたといった総括に感じたことです。
西田氏の発言を批判するのであれば、西田氏のこの不満に正面から向き合い、西田氏の発言の間違っているのなら、どのように考え直せばいいのか、具体的に述べて欲しいです。
そうすることで、本問題の議論は広がるでしょう。
この問題の報道を見ると、それをせずに、あるいは、それを避けて、西田氏の発言を「批判のために批判」しているようにしか、私には見えません。
今後、この問題を批判的に報じるのであれば、具体的な発言個所に限定し、それを批判的に報じてください。
