2007/07/04 朝日の暗躍と久間防衛相の辞任

本日は、久間章生前防衛相を巡る報道でも馬脚を露している朝日新聞が持つ恐ろしさについて書いてみます。

ここへ来て、安倍首相も朝日への対決姿勢を隠さなくなりました。朝日などが持つ権力者以上の権力の暴走ぶりにこれ以上手をこまねいているわけにはいかない、との思いを強くしているからです。

先頭に立った朝日などマスメディアの都合で、真意を勝手に曲解され、権力の座にあった閣僚を辞任させざるを得なくなりました。権力者の上に立つ権力の横暴。これほど恐ろしいものはありません。

そもそも、新聞であれテレビであれ、報道が担う役割は何でしょうか。そのひとつには、真実を報道するということです。間違いがあるのであれば、それをただした上で読者や視聴者に届ける義務があります。

それでは、今回の久間前防衛相の発言における「真実」の扱いはどうだったでしょうか。

今月1日、朝日などの新聞各紙やテレビは、久間防衛相が千葉県内で開いた講演会の席で、聴講者からの質問に答える形で、日本国土への「原爆投下はしょうがない」と発言したと決めつけた報道をしました。

その報道通りの意味で現職防衛相が発言したのか疑問に思い、私なりに考え、それについては前日の本コーナーでも取り上げました。

そこで自分なりに導き出した結論は、大臣は「原爆を落とされたのはしょうがない」ではなく、「原爆を落とされたことを今さらどうこういってみたところで詮ない(せんない:しかたがない。無益である=広辞苑)」の意味でいったのだろう、でした。

当の久間議員が昨日開かれた記者会見で、ご自分の真意をどのように説明されているでしょうか。その記者会見については、今日の朝日新聞も伝えています。そこには次のようにあります。

(「しょうがない」というのは)すぐ口癖で出るんですよ。(あそこで「しょうがない」といったのは、「原爆投下はしょうがない」という意味ではなく、原爆投下を決断した当時のアメリカ政府に)今さら言ってみたってしょうがないなって、ぽろっと最後に出た。

これが当人の口から語られた「真意」なのだとしたら、私の読みとそれほど違わないことになります。だからといって、私に分析能力があるというのではなく、ごく普通の感覚で久間前防衛相の発言を検討すれば、ごく自然にそう受け取れる、ということです。

それであるのに、多くのマスメディアは、久間前大臣が「原爆投下はしょうがない」と発言したと伝えています。報道に携わる人たちというのは、それなりの教育を受けているハズですが、一個人の私ほどの読解力も持たないということになるのでしょうか。

事実はそうではないでしょう。久間前大臣の真意は十二分に了解しつつ、敢えて悪意に解釈しているのです。なぜに? 安部政権に打撃を与えるためです。国民から選挙によって選ばれた国会議員によって組織された政権へ、国民の信託をまったく得ていない一民間新聞社の記者が、悪意に解釈した発言によって国民の間に大臣への悪意を読者(=国民)に沸き立たせ、ついに辞任に追い込みました。

何とも恐ろしい図式です。一新聞屋にこんな横暴を許していていいのでしょうか。

その一方で、国家権力に刃向かう勢力にはシンパシーを抱き、おそらく真実とは全く異なる主張をしても、それをすんなり許してしまう傾向が顕著です。

その一例として、「光市母子殺害事件」の被告を裁く差し戻し審を巡る報道を取り上げたいと思います。

犯行当時(1999年)18歳だった被告は、自らの性欲を押さえることができず、被害者宅の社宅に押し入り、当時23歳の女性を暴行しようとします。しかし、激しく抵抗されたために殺害し、その上で、当初の目的であった性行為を、死体と化した女性にします。これを屍姦といいます。

これだけで到底許せない行為でありますが、傍らにいた生後11カ月の女の子が泣きやまないということで、持ち上げて床にたたきつけ、さらには紐で首をしめて殺しています。この世に生を受けた彼女は、たった11カ月でその生命を無惨に奪われました。幼いながら、自分のママに悪さをする行為を見ておチビちゃんは泣いていたのだと思います。このようにして愛する妻と娘を欲望のままに殺された夫は、犯人を許すことなどできるはずがありません。

それなのに、被告は反省するどころか、知人に宛てた手紙の中で、「犬がある日かわいい犬と出会った。…そのまま『やっちゃった』…これは罪でしょうか」などといったことをのうのうと綴っているといいます。

差し戻し審でこの被告を弁護する弁護団の主張は、世の人々の理解を超えています。

  • 被害者の女性に優しくしてもらいたいと思って抱きついただけ。
  • 生後11カ月の娘の首には、(殺す目的でなく紐を)蝶々結びしただけ。
  • 死んだ被害女性に性行為に及んだのは、生き返らせる儀式。
  • 殺した娘の死体を押し入れに入れたのはドラえもんになんとかしてもらおうと思ったから。

こんな弁明をして、「ああ、なるほど」と思える人がいるとは思えません。この狂気に近い弁護内容について、一切の注釈もつけず、むしろ後押しするような記事を朝日などマスメディアは伝えています。真相に迫ろうという意欲をはじめから放棄しているかのようです。

一方で、久間前大臣は記者会見で自分の真意を述べているにも拘わらず、それを無視して、自分たちに都合のよい曲解で大臣の責任、そして、その大臣を任命した安倍首相の責任まで問おうとしています。

真実を追究すべき新聞の責任はどこへ行ってしまったのでしょうか?

大臣の発言の軽さを批判しているあなたたちこそが、自分たちに課せられている責任を軽く考えているのではありませんか?

今年5月9日、朝日新聞は安倍首相からひとつの訴訟を起こされています。

大型連休にあわせて朝日新聞社が発行した週刊誌「週刊朝日」5月4日11日合併号は、「山口組水心会と安倍首相の『関係』を警察庁幹部が激白」とのトップ記事を掲載しています。

問題の記事では、今年4月にこれまた長崎で起こった、現職市長の銃撃事件を起こしたとされる城尾哲哉容疑者が所属していた暴力団から安倍首相の秘書が脅されていた、などと報じたようです。私はこの記事には目を通していないため、詳細についてはわかりませんが、もしこれが事実でないのだとしたら、大変な名誉毀損です。それを朝日新聞が週刊誌メディアを使って報じたということであれば、“言論テロ”にも相当します。

記事を知った安倍さんは直ちに事務所を通じ、次のようなコメントを発表しています(2007年5月10日付け産経新聞が報じた記事より)。

根拠が薄弱な記事でも、安倍首相に関することなら躊躇なく掲載するという判断が朝日新聞社内でまかり通っている事実に、極めて執拗な悪意と恐ろしさを感じる。

どのように汚い手口でも、自分たちの気にくわない勢力は潰しにかかるというのは、実に恐ろしい話です。それは今回の久間前防衛相の場合にも当てはまり、当人のいい分を無視し、自分たちに都合のいい解釈で批判キャンペーンを展開し、追放してしまいます。裁判官にでもなったつもりでしょうか。相手の真意に耳を傾けることもしないのですか。

今回の騒動の原点となった原爆投下について書こうと思うと、被爆地・広島の平和記念公園の慰霊碑にある「安らかに眠ってください。あやまちは再び繰り返しませぬから」という一文に立ち返らざるを得ません。この問題を考えるとき、どうしても無視するわけにはいかないからです。

これは、アメリカが投下した原子爆弾で犠牲になった人々に「どうぞ安らかに眠ってください」といっているわけですよね。わからないのは「あやまちは再びくりかえしません」という部分です。この一文を贈ったのが日本へ原爆を投下したアメリカであるのなら異論はありません。自らが犯した犯罪を認め、二度と同じ「あやまち」はしないと誓っていることになるからです。

事実は違います。朝日新聞の今日の「社説」には次のようにあります。

原爆投下を間違っていたと米国を説得するのは並大抵ではない。米国人の多くは原爆投下によって戦争終結が早まったと信じている。米政府は謝罪したことはないし、現職の大統領が広島や長崎を訪れたこともない。

だとするなら、慰霊碑に刻まれたこの一文もアメリカ側から贈られたものでないのは明白です。日本国内のある勢力から突き上げられて刻まれた、と採るのが妥当なところでしょう。日本人が日本に落とされた原爆によって死んでいった同胞へ「あやまちは二度と繰り返しませんから安らかに眠ってください」と誓いを立てているのです。

朝日の今日の「社説」は次のようにも書いています。

原爆投下を糾弾する動きはここで止まる。政府がだまってしまったのは、平和条約で、米国などの連合国への請求権を放棄したことが大きいだろう。法的にものを言うすべを失ったということだ。だが、それだけではあるまい。日本は米国に無謀な戦争を仕掛けて、敗れた。しかも、敗色が濃厚になっても、戦争をやめなかった。そんな負い目が戦後の日本にあったからではないか。久間氏の発言は、こうした心理がうっかり漏れたということだろう。

ここから窺える日本の「あやまち」は、「日本が無謀な戦争を仕掛けたこと」「敗色濃厚な戦争を続けたこと」だと朝日はいいます。その結果としてアメリカは日本へ原爆を落としたという結論へつながりそうです。

しかし、こんな無謀な結論を誰がすんなり受け入れられるでしょう。

途中で書いた光市母子殺害事件に当てはめて書けば、殺された被害者母子にも責任の一端はある、と結論づけるのと同じおぞましさがあります。

それなのに、原爆を落とされた側で自分たちの「あやまち」を受け入れるという精神性は、どこから生まれたのでしょうか。殺された人の墓前で、「殺された自分たち家族にも非があった」という者などいません。

私はこの「あやまち」の一文が誕生したいきさつは知りませんが、想像するに、原爆被害者の団体を中心とする勢力が時の政府を突き上げ、自虐的な一文を、全人類の中で日本だけが味わった原爆被害者を慰霊する記念碑に刻ませたのでしょう。思えばねじれた感情です。

久間前大臣の「しょうがない」発言の批判を強めるだしに使われた被爆者団体(「原水爆禁止日本協議会」)は、マスメディアの求めに応じるように、怒りを露わにしました。

その同じ精神を持つのであろう彼らが、なぜ「『しょうがない』は許せない」といいつつ、記念碑に自らの「あやまち」を認める一文を刻むことを迫ったのでしょうか。

朝日の今日の「社説」の結びにはこうあります。

原爆投下が誤りであり、原爆の被害が悲惨なことを、日本から粘り強く発信し、米国に伝えていく。そのことの大切さを久間発言で改めて痛感する。

もう一度確認です。「原爆の誤り」を犯したのは誰ですか? 原爆を作り、投下したアメリカですね。ならばなぜ、それによる被爆者の慰霊碑に「あやまちは再び繰り返しません」と日本人である私たちが誓わなければならないのでしょうか。その話の筋でいけば、「あやまち」を犯したアメリカに誓いを立てさせるべきでしょう。

時の日本政府に記念碑へのこの「あやまち」を悔いる誓いをさせたのは、反政府の思想を信条とする勢力でしょう。当時の状況を生では知りませんが、おそらく朝日はその勢力に荷担したに相違ありません。

自分で日本の非を強要しておきながら、久間前防衛相の発言を悪意をもって曲解し、「原爆投下を容認するとは何事か」と批判するのは、自己矛盾も甚だしいといわざるを得ません。

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