「二六時中」という表現、使ったことがありますか?
先ほどまで、阿刀田高が昔に書いた短編小説を読んでいました。その中に「二六時中」というのが出てきました。私は「四六時中」なら知っていましたが、二六時中というのは聞いたことがなかったように思います。
そこで、本を読むのを一旦やめ、GoogleのAI Geminiに、そのことを訊いたことで、江戸時代の時間のあり方や、岡本綺堂が書いた『半七捕物帳』における半七の役割についての話などを教えてもらったので、共有します。
まずは、「二六時中」についての、Geminiの回答から見ていきましょう。
「二六時中(にろくじちゅう)」という表現は存在します。意味は「四六時中」とまったく同じで、「一日中」や「常に」を表します。
結論から申し上げますと、現代で一般的なのは圧倒的に「四六時中」です。
なぜ同じ意味で2つの言葉があるのか、その背景には日本の「時刻制度の歴史」が関わっています。時代小説や古い文学作品を読む際などにも役立つ、それぞれの成り立ちをご紹介しますね。
「二六時中」と「四六時中」の違いと歴史
- 二六時中(江戸時代まで)
- 江戸時代までの日本では、1日を12に分ける仕組み(十二辰刻)が使われていました。子(ね)、丑(うし)、寅(とら)などの干支で時間を表すものです。
- 昼と夜をそれぞれ6つに分けていたため、「2×6=12」となり、1日(当時の12刻=現在の24時間)を表す言葉として「二六時中」が使われていました。
- 四六時中(明治時代以降〜現代)
- 明治時代に入り、西洋から「1日を24時間とする」現在の定時法が導入されました。
- それに伴い、従来の「二六時中」という言葉の形をそのまま新しい24時間制に当てはめ、「4×6=24」となる「四六時中」という新しい言葉が作られ、こちらが定着していきました。
岡本綺堂などが残した時代小説を読むと、その時代の時の刻みが、今とは違うことに気づかされます。それが自分のものになると、描かれた場面がよくわかるようになります。
「二六時中」の「二六」というのは、江戸時代の時の刻み方が、「六つ」で、それが昼と夜の「二つ」であったことから、「一日中」の意味で「二六時中」が使われたというわけです。
それが、今は一日を1時間刻みの24時間制にしています。6時間が4回あり、合わせて24時間という意味で、「二六時中」のいい方を踏襲する「四六時中」が「一日中」「常に」を意味する言葉になりました。
江戸時代は、2時間ごとの時間に十二支を当てています。どんな風に当てるのか、Geminiに教えてもらいました。
| 十二支 | 読み方 | 現代の時刻(目安) | 備考 |
| 子 | ね | 23:00 ~ 1:00 | 真夜中の0時が「正子(しょうし)」 |
| 丑 | うし | 1:00 ~ 3:00 | |
| 寅 | とら | 3:00 ~ 5:00 | |
| 卯 | う | 5:00 ~ 7:00 | |
| 辰 | たつ | 7:00 ~ 9:00 | |
| 巳 | み | 9:00 ~ 11:00 | |
| 午 | うま | 11:00 ~ 13:00 | お昼の12時が**「正午(しょうご)」** |
| 未 | ひつじ | 13:00 ~ 15:00 | |
| 申 | さる | 15:00 ~ 17:00 | |
| 酉 | とり | 17:00 ~ 19:00 | |
| 戌 | いぬ | 19:00 ~ 21:00 | |
| 亥 | い | 21:00 ~ 23:00 |
これを眺めておもしろいと思うのは、今の時刻でいう午前0時と午後0時を挟んだ時間分けにしていることです。そのうちの、今の午前0時を「正子(しょうし)」といい、午後0時は「正午」です。正午は今も使われていますね。
こんなふうに、江戸時代は時間の刻みを2時間に区切っていますが、今の人のように、時計の針をにらめっこして、「今は子の刻だ」『今は丑の刻だ」などと、時を意識して過ごしたわけではないそうです。
今と大きく違うのが、季節によって、時間の長さが変わることです。そのことを、Geminiに次のように教えてもらいました。
上記の表はあくまで現在の時計に当てはめた「目安」です。当時の時間感覚には、現代とは大きく違う面白い特徴がありました。
- 季節によって1時間の長さが違う(不定時法) 江戸時代は「日の出から日の入りまで(昼)」を6等分、「日の入りから日の出まで(夜)」を6等分していました。そのため、夏は昼の「一刻」が長く、冬は夜の「一刻」が長くなるという、季節や日照時間によって時間の長さが伸び縮みするシステムでした。
これに続けて、江戸時代の人々の時間に関する感覚を、Geminiに解説してもらいましょう。
江戸時代の人々の「時間との付き合い方」
個人がそれぞれ時計を持ち歩く習慣がなかった当時、人々は現代とはまったく違うアプローチで時間を把握していました。
- 「時の鐘」で時間を共有していた 庶民が時間を知る主な手段は、お寺や町に設置された「時の鐘」でした。専属の役人が時刻ごとに鐘を鳴らし、その音が届く範囲の人々が「あ、お昼だな」「夕暮れだな」と、おおらかな感覚で時間を共有していました。個人で時間を管理するのではなく、地域全体で音を頼りに動いていたのですね。
- 「分」や「秒」という概念がなかった 当時の日常的な最小単位は、一刻(約2時間)をさらに4等分した「四半刻(しはんとき=約30分)」程度でした。「電車の発車まであと3分」といった細かな概念自体が存在しなかったため、現代のように四六時中、時間を気にして急き立てられるようなストレスとは無縁だったと思われます。
「丑三つ時」というのも聞いたことがあるでしょう。
江戸の庶民には分や秒の感覚は持たなかった代わりに、一刻の四等分に相当する「四半刻」を意識するのがせいぜいというわけですね。今の時間間隔にすれば30分程度になりましょう。
丑の刻の三番目あたりが「丑三つ時」になり、今の時刻にすれば、午前2時半頃になりそうです。
個人的な話になりますが、私は毎日午前2時頃に起きます。江戸時代でいえば、こんないい方があったかわかりませんが、「丑二つ時」になります。
こんな話を聞くと、1分1秒に追われる現代に比べ、ゆったりと生きていた江戸時代の暮らしに羨ましさのようなものを感じます。
江戸時代ではということで、私が好きな岡本綺堂の『半七捕物帳』にも話を広げ、半七が担当した仕事の位置づけのようなことも訊きました。
このことは、『半七捕物帳』にも書かれていることです。しかし、まとめておくことで、あとでわからなくなったときの備忘録になるということで、下に紹介しておきます。
江戸の警察機構の階級(町奉行所)
上から順に、このような指揮系統になっていました。
1. 町奉行(まちぶぎょう)
- 現代でいうと: 警視総監 兼 裁判官
- テレビの時代劇でおなじみの「大岡越前」や「遠山の金さん」のポジションです。非常に身分の高いエリート武士で、江戸に「北町」と「南町」の2つ(時期によっては3つ)ありました。
2. 与力(よりき)
- 現代でいうと: 警察署長や警部
- 奉行の下で働く上級役人(武士)です。馬に乗って見回りなどをすることが許されていました。南北あわせて50人ほどしかいませんでした。
3. 同心(どうしん)
- 現代でいうと: 刑事・現場の警察官
- 実際に町を歩いてパトロールしたり、事件の捜査をしたりする実動部隊の武士です。しかし、南北あわせても250人ほどしかおらず、100万人都市だった江戸の治安を彼らだけで守るのは物理的に不可能でした。
4. 岡っ引(おかっぴき)/御用聞き(ごようきき)/目明し(めあかし)★半七はココ!
- 現代でいうと: 警察の民間協力者(情報屋・私立探偵)
- 人手不足の「同心」が、自分のポケットマネーで個人的に雇った民間人です。幕府からの正式な給料はありません。同心から「十手(じって)」を預けられ、町民のネットワークを活かして聞き込みや犯人逮捕の手伝いをしました。半七はこの「岡っ引」の親分です。
5. 下っ引(したっぴき)
- 現代でいうと: 探偵の助手
- 岡っ引(半七)がさらに自腹で雇っていた手下や子分です。作中によく出てくる「松吉」などがこのポジションですね。
半七の役目がわかり、江戸時代の時の刻みがわかれば、江戸時代を描いた小説は、楽しみが深まります。
ひと月ほど前の本コーナーで、横尾忠則が担当した『大江戸怪談事情: 「耳嚢(みみぶくろ)」の怪異をひもとく』の書評をとりあげました。
「耳嚢」を残した根岸鎮衛(ねぎし・やすもり)は、南町奉行をした人物で、今でいえば、警視総監兼裁判官という超エリートであったことがわかるというわけです。
根岸が「耳嚢」に残した背景を、Geminiが次のように解説してくれています。
根岸鎮衛は非常に耳が良く、好奇心旺盛な人物でした。奉行という仕事柄、部下の与力や同心、あるいは出入りする様々な人々から、江戸の町で起きている事件や噂話を耳にする機会が豊富にありました。その中で聞いた「不思議な話(怪異)」や「奇妙な出来事」などを、個人的な趣味としてこまめに書き留めた全10巻にも及ぶノートが『耳嚢』です。
岡本綺堂が描いた半七らが見聞きした怪異などが根岸の耳に入り、それが「耳嚢」に収録されたのかもしれないと想像すると、『半七捕物帳』は綺堂が書いた物語ですが、話がつながるように思え、楽しくなります。

私の場合、ほんのちょっとしたことをGeminiに訊くことで、話が広がり、それまで知らなかったことを知ることが多いです。
今回は、衛士時代の人々の、興味深い時との関わり方を知ることができました。
Geminiとのやり取りをNotebookLMに読み込ませ、動画を生成してもらいました。Geminiはまだまだ改善の余地があります。日本語の漢字はGeminiにもまだ難しいのか、漢字の表現にハルシネーションが見られます。
しかし、そこは、江戸時代の人の過ごし方を参考にして、大目に見ることにしましょう。文章を読むのを面倒に感じる人は、漢字表現には目をつむり、動画をご覧ください。
本コーナーで取り上げたことを、音楽生成AIのSunoに音楽を生成してもらったら、軽快なボサノバふうの音楽にしてくれました。よかったら聴いてください。
