食べ始めたら止められないというスナック菓子のコマーシャルがありました。小説にも同じように、読み始めたらやめられないシリーズ物があります。
私が今ハマっているのは、岡本綺堂(1872~1939)が残した『半七捕物帳』シリーズです。
元来、私は時代物は苦手としていました。テレビや映画の時代劇も、見ることはほとんどありません。ですから長いこと、時代小説には縁を持たずに過ごしてまいりました。
転機は、2年ほど前だったと思いますが、何の気なしに、無料で読める綺堂の時代物に接したことです。そのとき読んだのは、『半七_』と同じ作りの『三浦老人昔話』シリーズです。
一話完結の謎解き物の時代小説で、すこぶる面白さに取りつかれた私は、綺堂の他の作品も読んでみたいと考え、綺堂作品242作品をひとまとめにした電子書籍版の全集を手に入れました。
『半七_』はこれまでにテレビドラマや映画になっています。私は、既に書きましたように、時代劇とは縁遠く、見たことがありません。
綺堂が書く『半七_』は全部で70作品ぐらいあるようですが、どれもが短編で、空いた時間にさっと読むことができます。
綺堂の全集を手に入れたのは2年ほど前ですが、200作品以上収録されており、まだ5割程度しか読み終わっていません。前から順に読み、ようやくにして、『半七_』シリーズに辿り着いたところです。
綺堂が書く『半七_』はとても魅力的です。
『半七_』を知らない人に簡単に説明しておきますと、話の作りは、『三浦老人昔話』と同じです。
江戸時代の終わり頃に、江戸の街で岡っ引(おかっぴき)をしていた半七の昔語りを、明治に入ってから、新聞記者の「わたし」が70歳を過ぎた半七老人から聴くという体裁です。
綺堂は『半七_』シリーズのはじめの方の『半七捕物帳 石灯籠』で、岡っ引の位置づけを次のように書いています。
私どものことを世間では御用聞きとか岡っ引とか手先とか勝手にいろいろの名を付けているようですが、御用聞きというのは一種の敬語で、他からこっちをあがめて云う時か、又はこっちが他を嚇かすときに用いることばで、表向きの呼び名は小者というんです。小者じゃ幅が利かないから、御用聞きとか目明しとかいうんですが、世間では一般に岡っ引といっていました。で、与力には同心が四、五人ぐらいずつ付いている、同心の下には岡っ引が二、三人付いている、その岡っ引の下には又四、五人の手先が付いているという順序で、岡っ引も少し好い顔になると、一人で七、八人乃至十人ぐらいの手先を使っていました。
岡本 綺堂. 『岡本綺堂全集・242作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.60708-60715). Kido Okamoto Complete works. Kindle 版.
半七は19の年にその道に入り、手柄を立てて、「親分」と信頼される岡っ引となっていきます。気性があっさりとして、人情味もあり、魅力的な男です。酒は強くなく、顔に出てしまいます。
半七は、いわゆる私立探偵のようなもの(?)で、江戸の街に起こる怪事件を、機転の良さで、鮮やかに解決して見せます。
これまで読んだところでは、起こる事件の多くは大事件ではなく、庶民の人情が絡んだような小事件がもっぱらです。今後読み進めるうち、大事件ももしかしたら待ち受けているのかもしれませんが。
昨日楽しんだのは『半七捕物帳 奥女中』という話です。
その話は、文久2年8月14日の夕方に始まります。夕飯を済ませた半七を、お亀という40代の女が訪ねてきます。
お亀には、今年17になるお蝶という娘がいます。永代橋(えいたいばし)の傍で茶店を出し、娘のお蝶にも手伝わせています。お蝶はおとなしい器量良しで、お亀には自慢の娘です。
その大事な娘が、茶店を訪れた立派な身なりの侍と、御付きの女の二人連れから強い関心を持たれ、そのことがあった3日ほどのち、お蝶の姿が忽然と消えてしまいます。
気が気でないお亀は、半七のお知恵を借りに来たというわけです。
半七のもとを訪れたあと、真っ青な顔でお蝶が戻ってきます。姿を消してから10ほどのちのことです。
心配と不安でふらふらとするお蝶に事情を訊くと、お亀の隙を狙い、突然現れた2、3人の男たちの手によって、お蝶は捕まえられ、目隠しと猿ぐつわをされて、乗り物でどこかへ運ばれたのでした。
降ろされたのは広い屋敷の中で、奥まった座敷に通されます。
そのあと、広い湯殿で湯に入れられ、風呂から上がると、綺麗な着物に着替えさせ、髪を綺麗に結い上げてくれます。
お蝶は、自分がいるところも、自分がされていることもわからず、悪い夢を見ている気分でした。
夜になったらなったで、部屋には見たこともないような立派な蚊帳がつられ、その中に延べられた雪のように白い布団で寝るようにいわれます。
寝ろといわれても、神経が高ぶって、寝られたものではありません。そこから逃げ出そうとしますが、その手段はありません。
そんな絶望の日々が10日続き、一旦家へ戻ることを許されます。そこへ運ばれてきたときのように、目隠しと猿ぐつわをされた上で乗り物へ入れられ、母のもとへ運ばれていきます。
彼女の懐に入れられた目録からは、小判が10枚も出てきます。
これを読む読者も、お蝶やお亀と同じで、何が起きているのか皆目わかりません。謎を持ち込まれた半七としても、はじめは見当がつかなかったかもしれません。
この謎に満ちた出来事は、向こうから真相が明かされます。
謎の真相を知りたい人は、ぜひ本編を手に取り、ご自分で確認してみてください。
『半七_』シリーズにハズレはないといわれます。どれを手に取っても、綺堂の言葉の魔術で、物語世界に引きずり込んでくれます。
一篇が手ごろな長さに揃えられいますから、空き時間を生めるのにも絶好です。
この面白さに一度でも味をしめたなら、あなたもきっと、読み始めたら止められなくなること請け合いです。