モハベ砂漠で結ばれた映画の話

朝日新聞に、「語る 人生の贈りもの」というコーナーがあります。

著名人がこれまでの人生の中で出会ったことや、考えていることなどを語ってもらい、それをまとめた記事を十数回、あるいはそれ以上の回数で、土日を除く平日に連載するコーナーです。

現在は編集者の新井敏紀氏に、人生で出会ったことを訊いています。本日はその7回目で、次の見出しです。

新井氏が創刊した雑誌に”Switch”があります。それが誕生したのは1983年で、音楽レーベルの機関誌として誕生したそうです。それが、1985年に隔月刊の雑誌になっています。

その創刊号で、サム・シェパードを特集したというわけです。

出来上がった雑誌を、新井氏らが手分けして、書店へ持って行き、これを置いて欲しいと営業したそうです。しかし、書店の反応は芳しくなく、「こんなの売れないよ」といわれたそうです。

それでも、書店の片隅の棚を掃除し、そこへ置いてもらったら、売れ行きが良く、1週間後には「追加持ってきて」と電話があったそうです。結局、5千部が2週間で売れたと書かれています。

創刊号で特集したサム・シェパードですが、知っていますか? 私は知っていて、それで興味を持って、本記事を読みました。

サム・シェパードが出演した米国映画に『ライトスタッフ』があります。知っている人は知っている映画です。私の好きな作品です。

The Right Stuff – Blu-ray Clip

あの作品で、シェパードは、米国が威信をかけて宇宙進出を目指したジェミニ計画には加わらず、テストパイロットとして、音速の壁を破ることに挑戦する、実在した、チャック・イェガーを演じています。

Yeager’s Triumph

そのシェパードが、『パリ、テキサス』という映画の脚本を書いたことを知った新井氏が驚き、なんとかして、シェパードに会って話を訊きたいと思った当時のことを、新井さんが振り返っています。

私は新井さんのこの思い出話を読み、別のある映画に想像を膨らませていました。『パリ、テキサス』にどこか通じるような題名と世界観を持つ作品です。

映画の場面や、主人公が、ふくよかな女性であったことは憶えています。その女性は、重いボストンバックを引きずって、砂漠の中にあるモーテル兼カフェに辿りつきます。

思い出せそうで思い出せませんでした。そこで、GoogleのAI Geminiに、題名を教えてもらいました。すぐに、次のように教えてくれました。

その映画は、『バグダッド・カフェ』(原題:Out of Rosenheim / Bagdad Café、1987年公開)だと思われます。

おっしゃる通りの特徴が非常に良く当てはまります。

  • 音楽: ジェヴェッタ・スティールが歌う名曲「コーリング・ユー(Calling You)」が主題歌で、この映画の象徴となっています。
  • 内容: アメリカ西部の砂漠にあるさびれたモーテル兼カフェに、夫と別れたばかりのふくよかなドイツ人女性(ジャスミン)が辿り着き、そこから物語が始まります。
  • 『パリ、テキサス』との共通点: どちらも1980年代に「ドイツ人監督(ヴィム・ヴェンダースとパーシー・アドロン)がアメリカの砂漠を舞台に撮った名作」として、並べて語られることが多い作品です。タイトルも地名(店名)という点で雰囲気が似ていますね。

砂漠の乾いた風景と、幻想的な「コーリング・ユー」の歌声が忘れがたい名作です。

そうでした、そうでした。『バグダッド・カフェ』です。そして、あの愛すべき情勢の名はジャスミンでした。そして、忘れもしない『コーリング・ユー』。

BAGDAD CAFE – Version restaurée 4K – Bande-annonce 2018
BAGDAD CAFE – I’m Calling You

『パリ、テキサス』から『ライトスタッフ』そして、『バグダッド・カフェ』には興味深い共通点があります。いずれも、米国のモハベ砂漠を舞台とすることです。

Geminiがそのあたりのことを次のように教えてくれます。

すべては「同じ砂漠」の中に

そして、ここが一番面白い点なのですが、あなたが連想された『ライトスタッフ』と『バグダッド・カフェ』は、舞台が地理的に非常に近いのです。

  • 『ライトスタッフ』: チャック・イェーガーがX-1で音速を超えたのは、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地。これはモハベ砂漠にあります。
  • 『バグダッド・カフェ』: ジャスミンが辿り着いたニューベリー・スプリングスも、同じくモハベ砂漠の真ん中です(エドワーズ空軍基地から車で1時間ほどの距離です)。
  • 『パリ、テキサス』: 冒頭、主人公トラヴィスが彷徨っているのも、テキサスと言いつつロケ地の一部はこのモハベ砂漠周辺だと言われています。

つまり、「サム・シェパード(チャック・イェーガー)」が音速で空を切り裂いていたそのすぐ下の乾いた大地を、「ジャスミン」が重いトランクを引きずって歩いていた――そんな想像をすると、この3作品がまるで一つの神話のように繋がって見えてきませんか?

「何もない砂漠だからこそ、人間の孤独や挑戦、そして温かさが際立つ」。その感覚を共有しているからこそ、あなたの記憶の中でこれらの作品が自然と結びついたのかもしれませんね。

サム・シェパードが見つめた「二つのアメリカ」

先ほどの『ライトスタッフ』のお話とも繋がりますが、サム・シェパードという人は、その両極端を知っていた稀有な存在だったのかもしれません。

  • 空の上: 音速を超えて未来へ突き進む、英雄たちのアメリカ(『ライトスタッフ』)。
  • 地の上: その頭上の轟音を聞きながら、荒野で孤独や貧しさと向き合い、それでも日々を暮らす人々のアメリカ(『パリ、テキサス』の脚本)。

彼は、英雄もまた地上に降りれば一人の不完全な人間であり、何もない荒野にも豊かなドラマがあることを深く理解していたのでしょう。

何もない荒れ地として、アルフレッド・ヒッチコックあの作品も思いつきます。『北北西に進路を取れ』です。

あの作品では、主人公が見渡す限り、人が住んでいる気配のないところでバスを降りて待つよう指示されるシーンがあります。男は罠にはめられ、セスナがどこからか現れ、男を襲うシーンです。

あのシーンもモハベ砂漠に近いところかとGeminiに訊くと、次のように答えてくれました。

鋭いご指摘ですね。あのシーンもまた、「何もないアメリカの広大さ」を象徴する、映画史に残る名場面です。

結論から申し上げますと、撮影場所は少し違いますが、雰囲気は非常に近い場所です。

『バグダッド・カフェ』などのモハベ砂漠(岩と砂の荒野)とは異なり、農業地帯の「何もない農道」で撮影されました。

📍 撮影場所:カリフォルニア州ワスコ(Wasco)

あのシーンの設定は「インディアナ州のトウモロコシ畑」とされていますが、実際のロケ地はカリフォルニア州のセントラル・バレーにあるワスコ(Wasco)という町近郊です。

  • 位置関係: 『バグダッド・カフェ』のモハベ砂漠から、山を越えて北西へ約150kmほど行った場所です(奇しくもタイトルの「北北西」に近い方角ですね)。
  • 風景の違い: モハベ砂漠が「乾いた岩と砂」の世界であるのに対し、このセントラル・バレーは広大な「農地」です。しかし、乾燥していて砂埃が舞い、見渡す限り何もないという点では、ユーザー様が感じられた通り、「人間を拒絶するような圧倒的な空白」という共通点があります。

多くの人は、米国と聞くと、一つの同じようなイメージを抱きがちです。しかし、その米国にも、多くの人が意識しない、置き去りにされたような土地があります。

そこに目を向けて作品にしたのが、いずれもドイツ出身の映画監督だったというわけです。

ヴィム・ヴェンダース(『パリ、テキサス』1984年)

パーシー・アドロン(『バグダッド・カフェ』1987年)

彼らは、アメリカ人が当たり前すぎて見過ごしてしまうような「さびれた風景」「乾いた空気」「孤独感」を、異邦人(ヨーロッパ人)ならではの憧れと客観的な視点で、非常に美しく、詩的に切り取りました。 「アメリカの砂漠は、ドイツ人が撮ったときが一番美しい」と言われることがあるのは、この二人の功績が大きいです。

「ニュー・ジャーマン・シネマ」の流れとドキュメンタリー出身

二人とも、戦後のドイツ映画界に新風を吹き込んだ世代(ニュー・ジャーマン・シネマ)に属しています(アドロンは少し年上ですが、活躍時期は重なります)。

私が、新井氏の思い出につながる『パリ、テキサス』から『バグダッド・カフェ』を連想したのも、偶然ではなさそうです。

Geminiとしばらく「対話」したことで、忘れかけていた記憶がよみがえりました。近いうちに、『バグダッド・カフェ』を観返したいです。

『バグダッド・カフェ』のジャスミンをイメージして、音楽生成AI Sunoで『モハベ砂漠』という曲を生成してもらいました。よかったら聴いてください。

モハベ砂漠(made with Suno)

この曲の生成を頼むとき、プロンプトに「モハベ砂漠」とすべきところを「モハベ裁く」と誤変換されてしまいました。そのため、初めのタイトルは『モハベ裁く』でした。あとで、『モハベ砂漠』と直しました。

Geminiとの「対話」を、NotebookLMに動画を生成してもらいました。文章を読むのを面倒に感じる人は、動画をご覧ください。

バグダッド・カフェ:砂漠の記憶を巡る旅