古今東西の映画監督であなたがもっとも好きなのは誰ですか? と訊かれて、あなたはすぐに答えられますか?
私は、即座に答えます。ビリー・ワイルダー監督(1906~2002)です、と。
チャールズ・チャップリン(1889~1977)やアルフレッド・ヒッチコック(1899~1980)も好きな監督ですが、あらゆる分野の作品を手がけることができたワイルダー監督が一番のお気に入りです。
昨日、録画してあったワイルダーの作品を見ました。先月29日にNHK BSの「シネマ」で放送された『サンセット大通り』(1950)です。
タイトルだけだと、明るいコメディ作品と思われるかもしれません。私は本作を初めて見ました。作品が始まってすぐ、明るいコメディ作品などではないことがわかりました。
まだ夜が明けぬロサンゼルス郊外を警察車両やマスメディアの車が、ある大邸宅を目指して急ぐシーンから始まるからです。
彼らが目指した大邸宅のプールにひとりの男が水死体となって浮かんでいます。水に溺れて死んだわけではありません。拳銃で背中に二発、腹部に一発撃たれたことで絶命し、倒れたところがプールだったというだけです。
本作はオリジナル脚本です。それをワイルダーはチャールズ・ブラケット(1892~1969)と共同で書いています。本作について書かれたネットの事典ウィキペディアには、本作に関する興味深いことが数多く書かれています。
それによると、もともとはブラケットが、サイレント時代の大女優を主人公にしたコメディを作品にしたらおもしろいのではないかとワイルダーに提案したことから脚本作りがスタートしたようです。
本作の主人公、ジョー・ギリスは仕事にありつけないでいる脚本家です。
オリジナルの脚本というのは、どのようにして出来上がっていくのでしょうか。本作の場合は、ある雑誌記者から、若い脚本家とのエピソードを取り入れることを提案され、それを採用したことで、本作がとてもおもしろい作品に仕上がっています。
本作が始まってすぐに、プールに死体となって浮かぶのが主人公のジョーです。
物語は、ジョーがどうしてそのような運命を辿ることになったのかを、半年前に遡ったところから描かれます。映像はモノクロームです。説明できるところはジョーの語りで説明し、テンポ良く滑り出します。
本作に登場する主要人物は3人だけです。ジョーの他には、サイレント映画時代の伝説の大女優だったノーマ・デズモンドと、デズモンドにぴったりと寄り添う召使いのマックスです。
ワイルダーはギリー役に、モンゴメリー・クリフト(1920~1966)を決めていたものの、撮影が始まる2週間前に出演から降りてしまったそうです。
その後、本作の10年後に公開された『アパートの鍵貸します』(1960)で保険会社の重役で、フランの愛人役を演じたフレッド・マクマレイ(1908~1991)などを起用しようとしてかなわず、スタジオに所属する俳優で無名だったウィリアム・ホールデン(1918~1981)が抜擢されています。
配役で一番悩まされたのは、サイレント映画時代の大女優を演じる女優を誰に演じてもらうかだったでしょう。最終的には、サイレント映画の大女優だったグロリア・スワンソン(1899~1983)が演じています。
そしてもうひとり、ノーマ・デズモンドの召使いのマックスをエリッヒ・フォン・シュトロハイム(1885~1957)が演じています。シュトロハイムは、「サイレント映画の三大巨匠」のひとりの元映画監督だそうです。
私は、スワンソンとシュトロハイムのことは知りませんでした。
シュトロハイムは、性格俳優として名をなしたあと、映画監督に転身しています。彼は完全主義的監督だったため、43歳の時点で映画が撮れなくなり、「呪われた監督」の異名も持つようです。
彼が監督した作品を見つけたら、ぜひ見てみたいと思いました。
本作でも、ノーマに絶対服従の風変わりな召使いを演じています。
主人公のジョーは、新聞記者をやめて脚本家になったものの、その道をたしかなものにできずにいます。これまで映画化されたのはB級映画が2本程度です。
白いオープンカーを持っていますが、支払いが滞り、取り立て屋がふたりでアパートに押しかけ、翌日の正午までに金を収められないなら、車の鍵を返せと迫ります。
ジョーには金のあてがなく、知り合いから借金をしようとするものの、うまくいきません。
ジョーが車を走らせていると、反対車線を車の取り立て屋が乗った車が近づいてくるのに気がつきます。車を友達に貸したと嘘をついていてので、ジョーは向きを変えて逃げます。
その途中でタイヤがパンクし、横道を入った先で、誰も住んでいないような大豪邸を見つけます。運良く、そのガレージに車を一時的に隠すことに成功します。
ホッとしたのもつかの間、どこかからジョーを呼ぶ声が聞こえてきます。声は、ジョーを屋敷の中へ入って来いといっています。
その大豪邸に住んでいるのが、かつて、サイレント映画時代に大人気だった女優のノーマ・デズモンドが住んでいるのでした。屋敷の中にほかにいるのは、召使いのマックスだけです。
わけがわからないまま、マックスに招かれてジョーは屋敷の中に入っていきます。
ノーマに子供のように可愛がれていたのであろう猿が死に、埋葬するための棺をノーマが届けに来たと勘違いされたのでした。
かつてのノーマは、週に1万5千通ものファンレターが届くような人気の大女優でした。映画がサイレント映画からトーキーに大転換し、ノーマの出番はなくなりました。スクリーンから姿を消し、20年は経ちます。歳も50歳になりました。
実際、本作が公開された年、ノーマを演じたスワンソンの歳は51でした。
ノーマは、世間に全く見向きもされなくなった現実を受け入れられず、今も、スクリーンに戻ることを夢見て、召使いのマックスと大きな屋敷の中で暮らしているのです。
ノーマは、空想と現実の境を失っています。
ノーマが暮らす大邸宅は、撮影所のセットではなく、石油王 ジャン・ポール・ゲティ(1892~1976)の前妻が所有する邸宅を使って撮影されたようです。
世の中にはとんでもない大富豪がいるものです。
ジョーは、突然迷い込んでしまった「迷宮」から現実世界へ抜け出そうとし、その末に、銃で撃たれ、プールに浮かぶ運命をたどります。
本作には、米映画界で空前の大成功を収めた映画監督で映画プロデューサー、脚本家、俳優のセシル・B・デミル(1881~1959)や、サイレント映画時代に一世を風靡した俳優 バスター・キートン(1895~1966)らが、本人の役で出演しています。
現実の世界に戻ったジョーが、親友の婚約相手と、共同で脚本を書くシーンがあります。それを見て、自分でもまた、オリジナルの脚本を書いてみたくなりました。
しかし、それは、ノーマが長い月日を費やして書いた、自分が銀幕へ復帰するための脚本と同じように、映画会社に採用されて、映画作品になることはないでしょう。
本作はとてもよくできたおもしろい作品です。すぐにまた見たくなりました。さすが、ビリー・ワイルダー監督です。
