油絵具を使い始めて長い年月が流れました。ここ最近になり、絵具の扱いに光明のようなものが射し始めたように感じています。
私は油彩画を独学で始めました。私が手本としたのは、17世紀のオランダの画家、レンブラント(1606~1669)です。レンブラントが油彩技術に最も習熟していると考えたからです。
レンブラントにしても、初期と晩年では絵具の扱い方が大きく変化しています。だから、レンブラントであっても、油絵具の扱いは、描きながら独自の技法を見つけ、それを獲得していったのだと思います。
私は、レンブラントの晩年の技法には感嘆するばかりです。
欧州で油彩が生まれ、発展していきます。油絵具が登場する以前は、テンペラやフレスコで絵画表現をしていました。どちらも乾きの速い絵具です。
油絵具がそれらと違うのは、ゆっくりと乾燥することです。油絵具は揮発して乾燥することはありません。油で練られた絵具は、油が固まることで定着します。
パレットにのせた絵具が乾燥することがないので、長い時間かけて、絵具を扱うことができます。
この利点を、利点と考えられない人もいるでしょう。油絵具を使って絵を描き始めたばかりの人は、絵具をどうやって扱えばいいか困ることがあるかもしれません。
絵具の乾きが遅いことは、のせた絵具に新しい色がのりにくくなります。何度も色を重ねるうち、色は泥状に濁ってしまいます。
私はこれまで、レンブラントの作品の部分を模写することをしています。人物の頭部を実物大に印刷した図版を脇に置き、それを絵具と自分の手で再現する試みです。
レンブラントは使用する絵具の色が少なかったことが知られています。その少ない色数の絵具を使いながら、実に魅力的な作品にしています。
レンブラント以外の同時代の画家とは描き方が違います。多くの画家は、たとえば人物の顔を描くのに、肌の広い部分に同じような色合いの色をつけています。
レンブラントは、どうしてこんなところにこんな色をのせたのだろうと思うほど、部分部分で違う色を散らばせています。
わからないながらも、それを自分で再現することを繰り返しました。
結局のところ、模写は模写でしかありません。どうしてあのような絵具の使い方をするのかは、自分が、自分の顔を鏡に映して描くかなどしない限り、自分のものにすることはできません。
数日前、自分なりに、レンブラントの描き方に近づくようなヒントを得たことは本コーナーで書きました。そのときは、下地を作った小さな紙に描きました。
昨日は、描きかけの自分の顔を描く絵に、加筆をしました。私はその絵がまったく気に入りませんでした。だから、破棄しようと思っていました。
その絵を破棄せず、昨日、その絵に加筆しました。
最近は、使う絵具の色を9色にしました。このうち、2色は白と黒です。残りの色は、黄系が3色、赤系が2色、青系が2色です。それ以前に必ずといっていいほど使っていた茶系はつかっていません。
黄・赤・青は色の三原色です。光の三原色もあり、こちらは赤・青・緑です。
溶材をほとんど使わず、チューブから絞り出したままの絵具をパレットでざっと混ぜ、カンヴァスにのせていきました。
のせた絵具の上に別の絵具をのせることを限りなく繰り返していきます。チューブから絞り出した絵具が、下の層の絵具と混じり合いながら、別の色を持ち始めます。
こんなふうにして描くことで、レンブラント晩年の作品に特徴的な絵具のマジックのようなものが、少しずつ解けていくように感じました。
この感覚は、模写をしているだけではつかめません。ある対象物を自分の目で見て、それを描こうとすることで初めて掴むことができそうな気がします。
少しは油絵具の扱いに習熟できた気がしています。
