本コーナーで書いたように、先月の中旬、先物取引というものを始めました。
始めたとはいえ、まだこの取引に慣れずにいます。私が取引対象としているのは、日経平均株価に連動する日経225先物です。
これについて取り上げたときに書いたように、現在はバリエーションが次の三つに増えました。
| ラージ | ミニ | マイクロ |
バリエーションの違いは、取引する単位の違いです。ラージの取引単位は1000倍です。ラージは呼び値が10円単位で上下に変化します。10円変わるごとに、自分が持つポジションの価値が、1万円変化します。
元々は、先物といえば、今ではラージと呼ばれる日経225先物しかなかったそうです。それでは損益の額の動きが激し過ぎるということからか、その後、ミニ日経225先物(ミニ)が登場しました。
ミニの取引単位はラージの1/10の100倍です。ミニでは、呼び値がラージの10円の半分の5円です。値動きを上の例に当てはめると、5円単位で上下に動くことになります。単位が100倍なので、5円動くごとに、500円変化するということです。
ミニをさらに小型にした日経225マイクロ先物(マイクロ)が一年前に登場しました。マイクロはミニの1/10で取引単位は10倍です。呼び値はミニと同じ5円です。5円の10倍の50円刻みで上下に動くということです。
私は、マイクロが登場しなければ、自分でそれをやってみようとは思わなかったでしょう。マイクロはラージの1/100、ミニの1/10ですから、同じ値動きをしても、利益はラージの1/100、ミニの1/10です。
しかし、自分の思惑と反対に動いたときの損失も、ラージの1/100、ミニの1/10で済むと考え、より楽な気分で取り組むことができます。
気をつけなければならないのが、自分が取引する銘柄間違えないことです。マイクロのつもりがラージだったりしたらエラいことになります。
知らずにラージで取引をし、1000円の利益を得たと思ったら、その100倍の10万円だったらいいですが、その逆だったら真っ青になります。
そのように頭で理解したつもりで始めましたが、実際に取引がされている板の動きを見ていると、目まぐるしく変わり、自分がその流れに乗るのは難しく感じ、なかなかその中へ入っていくことができずにいます。
現物の株の売買は過去に何度もしていますが、それと先物が違うのは、買いだけでなく売りから始めることができることです。買いは、買ったあとに値上がりするのを期待します。売りは反対で、売った値よりも下がることで利益になります。
現物と先物で違うことは他にもあります。現物で個別株を買ったのであれば、その株を売らずにいつまでも持っていることができます。
先物には取引できる期限があらかじめ決まっています。ラージは、3月・6月・9月・12月が限月(げんげつ)で、ミニとマイクロは月ごとに限月となるものがあります。
限月が3月のものは、3月限(さんがつぎり)と呼ばれます。
本コーナーで以前、3・6・6・12月のメジャーSQについて書いたことがあります。そのときは実感がありませんでした。今になって、そのことが少し理解できるようになりました。
各限月の第2金曜日に期日を迎えます。日経225先物の場合は、その日の日経平均株価の始め値が、「特別清算指数値(SQ)」となり、その値を基に、期日まで売買せずに持っていた場合は、自動で差益決済され、損益が確定します。
ここまでは、先物取引がどんなものであるか、自分で確認しながら書きました。これを書いたのは、私が先物取引の値動きを示すチャートを見ていて不思議に感じたことを書くためです。
ラージでもミニでもマイクロでも、そして、限月が異なる銘柄であっても、日経225の指数に連動することを基本とします。それにしても、私が取引するマイクロに限ってだけ見ても、どの限月のチャートも、そっくり同じなのが私には不思議で仕方がありません。
取引に参加する人は、取引単位や限月の違いによってまったく異なるはずです。それであれば、そこに集まる人の思惑が異なっているはずで、値動きのチャートがそれぞれでバラエティ豊かになるのが自然であるように思えます。
ところが、チャートを見比べると、どれも瓜二つです。それが私には不思議でならないのです。


もっとも、日経225の指数に連動するのですから、どれかのチャートだけ、日経平均株価が5万円を突破するようなことになってしまっては大変なことはわかります。
それにしてもです。
値動きの波の大きさまでがまったく同じというのがどうにもよくわかりません。その動きを他とまったく同じにするため、今であれば、人工知能う(AI)のようなものを組み込み、値動きを自動で正確に制御しているということでしょうか。
ということであれば、参加者の思惑によって値が動いているように思わせながら、その実、指数に沿った動きにするためにつくられた動きに、参加者が「翻弄」されていることになりましょうか?
