2002/03/18 堤清二の述懐

【本日の名言】1960年代のはじめから小売・流通・ファッションといったビジネスの中にいた私は、自分が推進してきたのはこうした猥雑な都市を造ることだったのだろうかとい不安に捉われない訳にはいかなかった。(2002年3月18日 朝日新聞の記事)

本日の“名言”を吐かれたのは、堤清二氏です。

堤氏は長年セゾン・グループの中心に君臨された方ですが、1999年5月、グループの全ての役員を退かれた(セゾン文化財団理事長の肩書きだけは残る)そうです。

堤氏はまた、経営者としての肩書きの他、辻井喬のペンネームで数々の書籍も発表されています。その近著『伝統の創造力』岩波書店)の中に書かれているのが今回の述懐です。

ちなみにそこで語られている「都市」というのは、東京の渋谷の街です。

セゾン・グループといいますと、「不思議大好き」「おいしい生活」などのセンスを感じさせる宣伝効果も手伝い、1980年代前半、都市部の消費者から好感を持って受け入れられていた企業です。

しかし、バブル景気が崩壊するのと歩調を合わせるかのように、“セゾン文化”も急速に輝きを失っていきました。

今回の記事には、1995年当時グループの代表幹事をされていたという、高丘季昭(たかおか・すえあき)(当時の西友会長・経団連副会長)氏が死の直前(1996年3月13日没・享年67)に語ったとされる次のような談話が掲載されています。

セゾンが発信した先進性や特異性が全国に行き渡り、社会全体がセゾン化した。セゾンは時代に追いつかれた。

ついでながら、セゾン・グループの中核を担ってきたという大手スーパー西友は、グループを離れ、世界最大の小売業・米ウォルマートの傘下に入ることが決まっています。

ともあれ、堤氏は果たして渋谷の街に、どんな都市像を思い描いていたのでしょうか_。