1962年当時の100万円を現代に換算すると

「オーディオテクニカ」という日本の音響機器・映像機器メーカーがあります。

私が同社の製品として使用しているのは、3.5mmステレオミニプラグ・ジャックに挿して使える超小型のコンデンサーマイク「AT9912」です。

audio-technica-AT9912

今、このマイクについてネットで検索すると、すでに生産が終了していたことを知りました。生産されているときに買えて良かったと思います。

私の家では朝日・産経・地方紙の三紙をとっていますが、地方紙に、オーディオテクニカが創業された頃のことが書かれています。ネットの事典ウィキペディアで「オーディオテクニカ」を引くと、創業のいきさつなどが書かれています。

同社が創業されたのは1962年です。東京五輪が開催される2年前です。

創業者は松下英雄氏(19192013)です。創業のいきさつが変わっています。

松下氏が同社を創業する前は、東京のブリヂストン美術館に勤務していました。松下氏は、美術館で催されるのであろう、美術館が所蔵するレコード鑑賞会の運営をされていたようです。

ブリヂストン美術館は、東京の玄関口、東京駅にほど近いところにあります。現在は、アーティゾン美術館に名称が変更されています。美術館を運営するのは、株式会社ブリヂストン1931~)を創業した石橋正二郎氏(18891976)の石橋財団です。

私は、ブリヂストン美術館と呼ばれていた頃に行ったことがあります。アーティゾン美術館になってからは、一度も行ったことがありません。

私が当時のブリヂストン美術館で見たのが、フランスの画家、ギュスターヴ・クールベ18191877)の展覧会だったことを憶えています。

クールベ『画家のアトリエ』

オーディオテクニカを創業した松下氏は、美術館のスタッフとして働きながら、レコードコンサートの運営に関わっていたのが少し変わっているように感じました。

1962年当時は、音楽の再生環境が様変わりした現代とは違い、限られた人がレコードを音楽で楽しむといった感じなのではなかったかと勝手に想像します。

ステレオセットを備え、その上で、聴きたいレコードを収集するのは、お金のかかる趣味ではなかろうかと思います。

記事には次のように書かれています。

オーディオに造詣の深かった松下は美術館でレコードコンサートを開催。

松下氏は、スタッフとしてレコードコンサートに関わることでオーディオに興味を持ったのかと思いましたが、逆のようです。元々オーディオの造詣を持っていたことで、松下氏が率先する形で、美術館内でレコードコンサートを開催するようになったのかもしれません。

正確なことを書いておきます。実際は、石橋正二郎氏の長男、石橋乾一郎氏(19201997)の助言によって、館内レコードコンサートを開催するようになったことがわかりました。

松下氏は、レコードコンサートを開催することで、音楽家や技術者と親交を深めたそうです。そのことで、自分が納得する音を求め、1962年にオーディオテクニカを起業したというわけらしいです。

創業時の資本金は100万円とウィキペディアに書かれています。今とは貨幣価値が違います。更新をしながら、当時の100万円が現代のどの程度の金額に相当するのかが気になりました。

そこで、Googleの人工知能(AI)Geminiに質問しました。2、3回質問を重ねたことで、次のような回答が得られたので共有します。

オーディオテクニカの創業エピソードから興味を持たれたのですね。それは非常に興味深い視点です。

創業者の松下秀雄氏が、新宿の民家を借りて、わずか3名の従業員とともに「資本金100万円」でスタートしたというお話は、日本の高度経済成長期の熱気を感じさせます。

企業経営という文脈から、当時の「100万円」がどのような規模感だったのかを深掘りしてみましょう。


1. 企業設立の「元手」としての価値(約1,500万円〜2,000万円)

先ほどお伝えした「初任給(人件費)」の倍率を当てはめると、現代の感覚では 約1,500万円〜2,000万円 程度の創業資金に相当します。

  • 現代のスタートアップ:現在、スモールビジネスや技術ベンチャーを数人で立ち上げる際の資本金として「1,000万〜2,000万円」という金額は、非常に現実的で、かつ「本格的に事業を始めるぞ」という決意が見える標準的な規模感です。
  • 当時の状況:松下氏は「カートリッジなら小さなパーツなので、アンプやスピーカーに比べて生産設備も資本金も少なくて済む」と考えての100万円だったそうです。当時の100万円は、**「最新鋭の精密機器を作るための最小限の設備と、数人分の数ヶ月〜1年分の給料を賄える額」**だったと言えます。

2. 「カートリッジ」の価格から見る価値

オーディオテクニカが最初に発売した製品(AT-1)は、当時の価格で 3,500円 でした。

  • 現代の感覚への換算:当時の物価倍率(約15倍程度)をかけると、現代でいう 約5万円 の製品になります。
  • 資本金との比率:「3,500円の製品を約285個売れば、資本金と同額になる」という計算です。現代で言えば、5万円のハイエンドなカートリッジを300個近く売ってようやく資本金に届くという規模ですから、当時の100万円がいかに「ずっしりとした重みのある元手」だったかがわかります。

3. 社会的ステータスとしての「100万円」

1962年当時は、まだ「100万円」という言葉自体が大きなインパクトを持っていました。

  • 「100万円貯めたら一人前」:当時は「100万長者」という言葉が、今の「億り人(1億円以上の資産家)」に近いニュアンスで使われることもありました。
  • 有限会社の最低資本金:後の時代(1990年〜2006年)の話になりますが、かつて「有限会社は資本金300万円以上、株式会社は1,000万円以上」という法律があった時代がありました。1962年の100万円は、まさに「一国一城の主」として会社を名乗るのに十分な、信頼の証となる金額でした。

結論

オーディオテクニカの創業時の100万円は、単なる「はした金」ではなく、「技術者が人生を賭けて、世界に通用する精密機器メーカーを作るための、十分かつ誠実な軍資金」 だったと言えます。

もしご興味があれば、当時のライバル企業や、当時のオーディオ機器がどれほど高価な「憧れの品」だったかについても詳しくお話しできます。

私が考えて書くよりも中身の濃い話をGeminiが教えてくれました。Geminiの回答を読んでもらうことで、松下氏が創業したオーディオテクニカがどのように始まったのかを想像してもらえるでしょう。

オーディオテクニカにとって最初の「痛手」はコンパクトディスク(CD)の登場です。CDが登場したのは1982年です。

私は新しもの好きなので、CDが登場したすぐあとの1983年頃にはCDプレーヤーを購入し、音楽を聴くのにも、CD版が出ていれば、CDを購入することに切り替えました。

ちょうどその年4月から、NHK-FMが平日の午後6時から生放送していたリクエスト番組「夕べのひととき(東京発は「夕べの広場」)」のリスナーとなり、リクエストを始めています。

その後、番組名が「サンセットパーク」に変わり、その番組が終了する2011年3月末まで、番組を聴き、リクエストをしています。

私が最初に購入したCDは、映画『タクシードライバー』1976)のテーマ曲を収録したサウンドトラック盤であったと記憶します。

Bernard Herrmann – Taxi Driver (theme)

このような音楽ファンが増えたことで、レコード盤の音楽を聴くためのカートリッジを作ることから始めた会社には、「痛手」となったことでしょう。

その後、私も購入することになったようなマイクロホンや、ヘッドホンなどへ、扱う製品の分野を広げ、今に至っています。

会社を興したあとも、世の中はどんどん変化します。変化の荒波を乗り越えて自社を発展させることは、創業するよりも大変なことなのかもしれません。

今、私は投資にも興味を持っています。この先、20年、30年先でも発展する分野は何だろうと考えています。これも、Geminiにアドバイスをもらうのがいいかもしれません。