人の心は複雑です。
自分のことを自分はよくわかっている、とみんな思っています。しかし、何かの拍子に、自分で自分のことがわからなくなったというようなことが、あなたにはありませんか?
私がそのように質問されても、たしかにそんなことがありました。とは答えられません。あったのに忘れているだけかもしれません。しかし、今は、そんな具体例は浮かびません。
名古屋で26年前に起きた事件の容疑者が、事件から26年目になって、自首してきました。
本事件の報道を見ると、なんとなく事件の背景が見えてきます。
容疑者の安福久美子は被害者の夫 高羽悟さんと高校の同級生で、テニス部でも一緒だったということです。高羽さんは女性にモテそうな人だったのか、安福容疑者からは好意を持たれていたようです。
毎年バレンタインデーになると、高羽さんは安福容疑者からチョコレートをもらったそうです。また、手紙をもらったり、交際を直接求められたこともあったということです。
安福容疑者が逮捕されたあと、テレビの取材の中でそのあたりのことを訊かれた高羽さんは、笑いながら、安福容疑者よりも彼女の友達のほうが好きだったというように答えています。
思春期の女心は複雑です。自分の恋心が叶えられないからといって、相手を恨むのは身勝手といものです。それを頭で理解しても、割り切れない気持ちが安富容疑者の中に深く刻まれたでしょう。
そもそも、恋愛結婚するにしても、両方がはじめから相手に惚れることは希でしょう。どちらかの片思いで始まり、それが相手に通じたときにふたりの関係は深まります。
高校時代の安副容疑者の写真を見ると、そんなに悪そうな人間の顔には見えません。高羽さんも高校時代の彼女を、おとなしい人だったと答えています。
恋心というのは、人間の感情の中で、一番厄介なものかもしれません。理性ではそれを抑えつつ、どうしても抑えきれない部分があります。
ロバート・デ・ニーロ(1943~)とメリル・ストリープ(1949~)が共演した映画に『恋におちて』(1984)があります。デ・ニーロが演じる建築技師のフランクと、ストリープ演じるグラフィック・アーティストのモリーは、共に既婚者です。
ふたりは、ニューヨーク行きの電車の中で出会い、恋におちます。本映画の音楽を担当したのはデイヴ・グルーシン(1934~)です。大人の恋を盛り上げる音楽が気に入り、かつて、NHK-FMのリクエスト番組「サンセットパーク」宛てにリクエストしたのを思い出します。
本作の中で個人的に印象的な場面があります。
フランクは、偶然再会したようにして、モリーに会おうと考えます。モリーが乗る電車に合わせ、駅でモリーが現れるのを待つのです。
待つ間、フランクは、どんなふうにモリーに話しかけるか考えたりします。そのうちに、そんなことをする自分に、「なんで俺はこんなことをしているんだ?」と疑問を投げかけます。
似たような経験を持つ人は少なくないのではありませんか? 長い年月ののちにそれを思い出せば、そんなこtもあったで済ませるかもしれません。しかし、「そのとき」は、信じられないほど真剣であったりします。
私はこれまで、そんなことは考えたこともありませんでしたが、本事件を取りあげたYouTube動画のコメント欄に、年齢がいってからの同窓会やOB会への参加には注意する必要があるというものがありました。
それに参加し、久しぶりに旧友に会い、親交を温めるのは悪いことではありません。しかし、かつていじめられていた人間に会うことで、その頃の悪感情がよみがえるきっかけになりかねません。
いじめたほうは忘れているかもしれません。しかし、いじめられほうは忘れることがないと聞きます。
高校時代に抱いた恋愛感情も、いい寄られたほうは憶えていないことが多く、好きになったほうは、いつまでもそれを忘れられずにいることが多いといえましょうか。
安福容疑者と高羽さんが、事件の5カ月前に催された高校のテニス部のOB会で顔を合わせ、近況報告などをしたことはわかっています。そのことが、事件の引き金になったかどうかはわかりません。
その「再会」が、安福容疑者へは何らかの「刺激」となったかもしれません。
警視庁で18年間、捜査一課で刑事をされた佐藤誠氏の『ホンボシ 木原事件と俺の捜査秘録』を読みました。
その中に、佐藤氏が刑事としての長い経歴の中で、とても変わった犯行動機について書く部分があります。
それが起きたのは、佐藤氏がまだ警察署の警察官をしていた頃のようです。
それが起きた夜、車のひき逃げ事件が起きます。その現場へ、宿直だった佐藤さんもしれました。
現場の道路は、見通しが良く、人が撥ね飛ばされるような場所には見えなかったそうです。被害に遭った人は、大きな怪我ではなく、意識もありました。
被害者に佐藤さんが次のように問いかけ、被害者からその答えを得ます。
「おかしいな、これ。狙われたんじゃないの」
「そうかもしれないですね」
佐藤 誠. ホンボシ 木原事件と俺の捜査秘録 (文春e-book) (p.141). 文藝春秋. Kindle 版.
被害者は、自分を撥ねた車のナンバーを記憶していたのでしょう。そのナンバーをNシステム(自動車ナンバー自動読取装置)で照合し、ひき逃げ犯はすぐに特定できたそうです。
そのひき逃げ犯に佐藤さんが、撥ねた人は知っている人かと訊くと、「知らない人です」と答えます。
しばらくして、その男が、次のように犯行動機を語り始めたというのです。
「実は本当のことを言うと、一度でいいから幽霊を見てみたいんです」
つまり、ホシは「人を殺したら幽霊が出るんじゃないか」と思い、見ず知らずの被害者をひき逃げしたというわけだ。
「だから、殺そうと思ってわざとはねました」
佐藤 誠. ホンボシ 木原事件と俺の捜査秘録 (文春e-book) (pp.141-142). 文藝春秋. Kindle 版.
小説や映画、テレビドラマで、「犯人は幽霊を見たいので人を車で撥ねたのです」なんて犯行動機を採用されたら、読者や観客、視聴者はどう思うでしょう。
「自分も、この犯行の動機はソレに違いないと思っていました」という人はごく希だと思います。大半の人は、「そんな馬鹿な。そんなことが動機であるわけがない。本当の動機がほかに絶対あるはずだ」となるのではありませんか?
しかし、現実にひき逃げ事故を起こした当人が、これを動機だと自供することが現実に起きたのです。
ことほどさように、その人の心の中を他人がすべて知ることは難しいです。
26年前の名古屋の事件は、逮捕された安富容疑者を取り調べることで、犯行の動機が明らかになるでしょう。ただ、安富容疑者自身でも認識できないような犯行動機が、本事件にはあるかもしれません。
それが極めて個人的なことである場合は。取り調べでそれが判明しても、公にされないことが考えられなくもないです。
