松本清張(1909~1992)の中編小説を3作品収める『黒の様式』を読み始めました。その1作目が『歯止め』であったからです。
本作は、以前、サンプル版をダウンロードした『黒の様式』で知り、読み始めました。しかし、特別関心が持てなそうだったので、冒頭の部分だけで読むのを止めていました。
主人公の江利子という40代の女性が、ひとり、能楽堂で能を鑑賞する場面から始まります。彼女は、視線の端にひとりの男の姿が入り始めてからは、心が落ち着きません。
本作を改めて読んでみようと思ったのは、酒井順子氏(1966~)が、清張作品に登場する女性たちを考察する『松本清張の女たち』を読んだからです。酒井氏の本については、本コーナーで取りあげました。
本作を酒井氏が取りあげていたものの、重い内容でありそうだったので、すぐには読む気にならず、今になりました。
3作品が収録された『黒の様式』から、1作目に収録されている本作を読み終えました。
本作は、『週刊朝日』に1967年1月6日号から2月24日号まで連載されています。
1967年は、東京五輪が開催された3年後です。当時のことを知っている人はその時代を思い出すといいです。遙かあとに生まれた人は、昔はこんな感じだったのかと思って作品に接しましょう。
江利子の姉・素芽子(そめこ)は江利子より4歳年上です。姉は20歳のとき、旗島信雄という男と結婚しています。その旗島が能楽堂に来ているのに気がつき、江利子は落ち着かない気持ちになるのです。
素芽子が旗島家にもらわれたのは昭和16年2月10日。その年の12月に真珠湾攻撃が起こり、日本が戦争へと向かっていく頃です。その頃のことを、江利子が23年後に回想するように描かれます。
信雄は、旗島家の夫婦に子供がいなかったので、養父母の甥にあたる信雄が11歳の時に養子になっています。当時、養父は内務省の役人で、朝鮮総督府で局長をするので、京城に単身赴任しているという設定です。家には養母の織江が信雄と暮らしていました。
この信雄が成績優秀で、T大にトップクラスで合格し、のちにT大の教授になります。その信雄が結婚相手に選んだのが江利子の姉の素芽子であったというわけです。見合い結婚でした。
姉が結婚した当初、姉夫婦の家は東京・代々木にありました。その頃の代々木は、今とはまるで違い、田舎だったと書かれています。
姉夫婦の家のことを清張は次のように描写しています。
「家は代々木のほうだったな」
「ええ。旧い家だそうです」
当時、小田急線で山谷という駅であった。降りて七、八分のところだが、途中に岸田劉生の画のような、赤土道の切通しがあった。高台の、広い家で、階下が四部屋、二階が三部屋あった。先代が建てた家で、あまり広いので、素芽子がくる前、半分は使わずにいた。養父も京城に行っていたから、養母と信雄と、女中ひとりだけだったのである。松本清張. 黒の様式(新潮文庫) (p.29). 新潮社. Kindle 版.
結婚当初は幸せそうだった姉が、次第に元気を失います。そして、結婚した翌年に、青酸カリ(シアン化カリウム)によって自殺をしてしまったというのです。
素芽子より4歳下の江利子は、姉を心から敬愛しています。非常によく出来た姉が、自ら命を絶ったことを20数年経った今も、素直に受け入れることができずにいます。
そんなわだかまりを持つため、姉の元夫である信雄には近づきがたい気持ちを持つのです。
信雄は妻を亡くすとすぐに欧州へ留学しています。その後、信雄はT大教授になり、今では、テレビやラジオに盛んに出演する名物教授になっています。
それだから、彼の身振りには自信がみなぎり、素芽子のことは忘れたように、快活な様子で江利子に接してくるのです。
信雄は素芽子を自殺で失うとすぐに再婚し、20歳になる息子がいます。その息子は、父親譲りで優秀だという評判です。
私が本作をすぐに読む気にならなかったのは、信雄と養母である織江のただならぬ関係が匂わされるからです。
清張としても、それをどのように書き出すか、思案したかもしれません。思春期の若者に起きる性衝動(リビドー)を鎮めるため、母親が捨て身になって、息子を絶ち直させることを描かなければならないからです。
清張は、作品で数え切れないくらいの殺人事件を書いています。しかし、事件の現場を書くことはほとんどありません。それが起きたことを読者に知らせるだけです。
性描写を異常なほど好む村上春樹(1949~)などであれば、これでもかというほど、母親と息子の性行為を描写したかもしれません。清張は、それを匂わせるだけです。
夫の実家は信州の盆地にあります。その辺に暮らす人ならおそらく誰でも知る話があります。ある名家に生まれた男のことです。
30前になる男は、17、8の頃、性的な変態者となります。もとが知的障害だったところに、性への爆発が起こり、手がつけられなくなります。
女と見れば、追いかけ回します。実際に被害に遭った女もいました。家に閉じ込めても、知らぬ間にいなくなり、外で女を漁ります。
その男が、30前になった今は、おとなしくなったという評判です。
男の異常性欲を鎮めたのは、男の母親だという噂です。母親は周辺の女たちに被害が及ばないよう、自分の身を挺して、息子の性欲を処理しているというのです。
この話を夫から訊き出した江利子は、前から違和感を持っていた、姉の夫と義母の関係に、夫から聞いた話を重ね合わせます。
姉の結婚生活は2年も続きませんでした。その間に姉から聞いた話によると、夫の信雄は、勤めから家に戻っても、二階の書斎に籠もりきりで、妻の素芽子には、階下の寝室で先に寝てくれといっていたといいます。
夫が妻のいる寝室に入るのは午前1時、2時になってからです。
眠れずにいる素芽子は布団の中で、足音を忍ばせて階段を上がる義母の行動に気がつきます。義母はややしばらくすると、また忍び足で階段を降りてきます。
義母が二階で何をするのかは想像したくなかったでしょう。
夫の信雄は、T大の受験を前にして、成績がガタ落ちしたという話です。官吏をする伯父の義父は、どうしてもT大に行くことを望んでいます。
信雄にそれを成し遂げさせたのが義母の「献身」だったというわけです。以来、今もその献身が続いているのではとの疑念が、信雄の妻となった素芽子にもたらされても不思議ではありません。
昭和42年1月から『週刊朝日』で始まった清張の本作は、当時の読者には、どのような思いで読まれたのでしょうか。
江利子と良夫にはひとり息子がいます。翌年に大学受験を控えながら、息子は性に狂った状態です。こんな調子では、「受験戦争」を勝ち抜けないと書かれています。
当時、受験生の息子を持つ女親は、身につまされるものを感じたかもしれません。
昨今は、性欲のはけ口として、父親が実の娘を強姦する事件がよく報道されます。これは、今明らかになることが増えただけで、昔から同様のことは起きていた可能性があります。
越えてはならない一線を越えた親と子は、一生それを引きずることになります。親と子だけでなく、兄と妹、姉と弟、あるいは兄と弟、姉と妹のケースもあるでしょう。
他人の目には映らないだけで、それぞれの人は、他人には平気な顔をして、信じられない世界に生きているのかもしれません。
そんなことを感じさせる清張の中編ではあります。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領(1977~)の家庭も複雑怪奇です。漏れ聞くところによると、大統領の妻とされる人は、実は、彼の父親だというのです。
つまり、父親が女に扮装し、息子の妻の座に納まっているというわけです。
こんなことは、清張でも構想できなかったでしょう。また、それを作品にしたら、読者から「そんな馬鹿な」と一笑に付されてしまいかねません。
まさに「真実は小説より奇なり」といえましょう。
