ネット動画隆盛をもたらしたのは?

私がインターネットを利用するようになったのは1999年5月です。初めてのPCを購入し、使い出したときからです。

当時を思い出すと、今とは隔世(かくせい)の感があります。

四半世紀前のその時期は、今のようなブロードバンド環境は影も形もありませんでした。

個人の私は、ほかの個人と同じように、電話回線を使ったダイヤルアップ接続でネットを利用していました。電話回線を使うため、ネットに接続するたび、使った分の電話料金が徴収されました。

ダイヤルアップ接続音

私は当時から早寝早起きの生活をしていたため、夜間にネットを利用することはありませんでした。夜遅くまで起きている生活習慣の人は、電話料金が夜間の方が下がるため、夜の時間にネットを利用したでしょう。

こんな風に、ネットに接続するたびに電話料金に跳ね返るため、できるだけ短時間で、接続を切るようなことをしていました。ブロードバンド環境が整ってからネットを使い始めた人には想像できないでしょう。

その時代から、個人が自分のサイトやブログを持つようなことが始まっていました。私もネットを使い始めてすぐに、自分のサイトを持ちたいと考え、本を一冊買って、それでHTMLを勉強し、すべて手書きで自分のサイト、すなわち今に続く本サイトを始めました。

本サイトの公開は1999年10月17日です。私はサイト構築に、本来は表などを作るためのテーブルを用いました。私の記述に問題点があるなどして、うまく表示できないようなことが何度も起きたのを思い出します。

このようにして、ネット環境が貧弱だった時代に、個人が自分の発信をするのにできたのはサイトやブログだけでした。

それが、ネット環境が成熟した今は、YouTubeに代表される、動画を使うものが主流となりました。

この間に撮影環境も大きく変化しました。もしもその変化がなければ、ネット環境が整っても、今ほど個人が動画を配信することは起きなかったでしょう。

私は昔から写真と映像の撮影を趣味としていました。まったくのアナログの時代で、その頃に、写真を撮る人はいましたが、個人が映像を撮ることは稀であったと思います。

私は8ミリ映画を趣味として、自分で撮影し、簡単な編集をして、映写機でスクリーンに映写して楽しんでいました。

私は富士フイルムフジカ・シングル8というフィルムを使っていました。フィルムはカートリッジに入っており、1本のフィルムの長さは15フィート(50メートル)です。8ミリの定速である毎秒18コマで撮影すると、撮影できる時間は3分20秒です。

フジカシングル8 R25 パッケージ
8ミリフィルム フジクロームRT200

今の感覚でいえば、そんな短時間で何が撮れるのかと考えるでしょう。しかし、1カットが5秒ぐらいだったので、なかなか撮影が終わらなかった記憶があります。

フィルムも現像代も安くありませんでした。ですので、個人は、湯水のようにフィルムを消費することはできませんでした。

8ミリブームが去ったあとは、新しく登場したビデオに乗り換え、ビデオカメラで動画の撮影を楽しみました。

このようにして、昔から動画撮影に馴染んでいました。そういう下地のない人は、ネット環境が整って、個人が動画を配信できるようになっても、動画の配信はハードルが高く感じられたでしょう。

そのハードルを取り払ったのが、スマートフォンの登場です。それに搭載されたカメラ機能が急速に進化し、今は、スマホがあれば、簡単に、そして綺麗に、動画が撮影できるようになりました。

ということで、カメラ機能が搭載されたスマホの登場がなければ、今ほど、動画配信ブームにはならなかったでしょう。

私はスマホを使ったことがありません。今後も使うことはないです。

私は毎日のようにYouTubeで動画を見ます。個人が配信する動画の作り方は、多くが似ています。自撮りするしないは別にして、自分で何かを話す動画が大半を占めます。

多くの人は、話す技術を身につけないまま話します。ですから、ときには、下手な話し方をする人がいます。

実は、本更新をしようと思ったきっかけは、まずい話し方をするYouTube動画をたまたま見たからです。その人は、文章を画面に見せた状態で、話す動画にしています。

その話し方は、うまい下手というよりも、品がないように感じました。下手であっても、品があればいいですが、それがないと、続けて見ようという気になりません。

私も、自分の独り語りを入れた動画をいくつか作っています。また、本コーナーを、独り語りの形式で更新したこともあります。その話し方が他者にどのように受け止められるか、自分ではわかりません。

私の話し方も、他人のそれをどうこういえないほど、酷いものかもしれません。

自分の話し方が下手で、酷く、品がなくても、自分ではそれ以外の話し方ができないので、開き直って、今のままやっていくよりほかありません。

強がりではなく、今からうまい話し方になろうとも考えていません。

そんな自分のことを考えれば、下手な話し方で、品がなくても、自分も同じようなものと考えれば、むしろ、同輩のような感覚で付き合っていった方がいいのかもしれないと、今、思い直しているところです。