ハリウッド映画とユダヤ人

本コーナーで前回取り上げた広瀬隆氏の『億万長者はハリウッドを殺す』(上巻)の続きの話です。

前回分で、俗に「軍産複合体」と呼ばれるものの正体らしきことを書きました。端的にいえば、米国の巨大財閥の2大巨頭であるモルガン家(J・P・モルガン)とロックフェラー家が、20世紀の米国をあらゆる面で支配したことを、本書によって知りました。

本のタイトルにある「ハリウッド」はいわずと知れた映画の都です。米国の西部が開拓される前は、今のハリウッドがある辺りは、見渡す限りの荒野であった(?)でしょう。

発明王のトーマス・アルバ・エジソンらによって、電力の実用化が実現され、あらゆる分野の産業が発展していきました。映画の上映システムも、電力がなければ実現できないものです。

エジソンが助手らと研究して実現しようとした映像の楽しみ方は、スクリーンに上映して大勢の人と一緒に楽しむ方式ではなく、「キネトスコープ」呼ばれた暗箱のようなものであったそうです。

映写機でスクリーンに上映する方式にしてしまえば、映写機の需要は限られます。一方、個人が独りで楽しむ装置であれば、欲しい人の数だけ需要が見込め、商業的には勝負にならないほどの差が生じる、と考えたからだそうです。

結果的には、フランス人のリュミエール兄弟が今の映画につながる「シネマトグラフ」を開発し、こちらの方式が普及していきます。

個人で映像を楽しむというエジソンの考え方は、のちに登場するテレビ受像機につながる考え方といえましょう。そういう意味では、エジソンは一足飛びにテレビで映像を楽しむことにアイデアが飛躍してしまったことになりそうです。

映画の技術が製品になっても、映画館はひとつもありませんでした。黎明期は、ニューヨークにあるキャバレーが映画会社に店を貸し、客を集めては上映するようなことをしたそうです。

映画は米国で短期間に発展し、1905年に初めての映画館ができ、5年後には映画館が1万館になった、と本書には書かれています。

音がついていないサイレンと映画の時代、人気となった女優にクララ・ボウがいます。

彼女はおそらく”セックスシンボル”のような女優であったのでしょう。

エジソンは金儲けが上手でないといいますか、モルガンとロックフェラーに掠め取られ、気がつけば、彼らに協力するような立場に追いやられることを繰り返しています。

そのエジソンが、映画用フィルムの開発をしたジョージ・イーストマンとタッグを組み、独占的利権を手にします。この体制に反旗を翻したのは、ドイツからのユダヤ人移民カール・レムリです。

彼は、米国のメジャーの映画会社の第一号というべきユニヴァーサル映画(ユニヴァーサル・スタジオ)の創立者となります。映画業界は米国の西部へ移動し、今に続くラスベガスが誕生します。

映画の世界で成功した彼に続くように、ヨーロッパからユダヤ人が大量に流れ込みます。彼らの多くは、それ以前から米国に住んでいた人とは異質で、モルガン=ロックフェラー連合の側の人間からは、差別の対象となって行ったでしょう。

J・P・モルガン商会では「ユダヤをパートナーにするな」が鉄の掟だったといいます。彼らにはユダヤ人移民が「ユダヤ人は貧しく、飢えた移民の群れ」「我々の富を掠め取る異教徒」「貧民」と映っていたようでした。

1912年のユニヴァーサルを皮切りに、13年にフォックス映画(20世紀スタジオ)、16年にはパラマウント19年ユナイテッド・アーティスツ23年ワーナー・ブラザース24年コロンビア映画MGMが誕生しています。

それぞれの映画会社の設立者や社長を広瀬氏の本書から抜き出させてもらいますと次のようになります。

★ ユニヴァーサル初代社長カール・レムルはドイツ系ユダヤ人

★ フォックスの社長ウィリアム・フォックスはハンガリー系ユダヤ人

★ パラマウント社長アドルフ・ズーカーはハンガリー系ユダヤ人

★ ユナイテッド・アーティスツ設立者のひとりチャールズ・チャップリンはフランス系ユダヤ人

★ ワーナー・ブラザースを設立したワーナー四兄弟はポーランド系ユダヤ人

★ コロンビア社長ハリー・コーンはドイツ系ユダヤ人

★ MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)の最初の頭文字メトロ映画の所有者マーカス・ロウはオーストリー系ユダヤ人、二番目の頭文字のサミュエル・ゴールドウィンはポーランド系ユダヤ人、三番目の頭文字のルイス・B・メイヤーはロシア系ユダヤ人

広瀬隆. 億万長者はハリウッドを殺す(上) (講談社文庫) (Kindle の位置No.1141-1148). 講談社. Kindle 版.

米国のハリウッド映画といいますと、最も米国らしい文化と考えられていますが、こうして見ますと、あとから移民として入って来たユダヤ人にほとんど占拠されているのがわかります。

映画人だけでなく、ドイツ系ユダヤ人の金融シンジケート、ゴールドマン・サックスリーマン・ブラザーズが、米国内で存在感を増していきます。

ユダヤ系のメジャーに遅れる1929年、非ユダヤ系として唯一の映画会社RKOが誕生しています。

また、チャールズ・チャップリンはユナイテッド・アーティスツ映画の設立者のひとりでしたが、その後、エッサネイ社(エッサネイ・スタジオ)に移籍しています。

米国の映画界が、このようにユダヤ勢力に乗っ取られる状況を苦々しく感じていたのがモルガン=ロックフェラー連合です。それ以前、どんな産業も、政治力も駆使することで、思うがままに操れていたのが、そうでない状況が生まれたからです。

彼らのユダヤ嫌いが、そのあと、ドイツに誕生するアドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツとの結びつきが強くなっていったといえましょう。

そのあたりにつきましては、この題材を扱う次回分で取り上げることにします。