松本清張(1909~1992)の短編小説に『たづたづし』という作品があります。多分、何度目かで読みました。
私はAmazonの電子書籍版で本を読む習慣です。私はちょうど一カ月ほど前、それに該当する電子書籍版であれば、その期間に何冊でも追加料金なしで読めるKindle Unlimitedという本来は有料(月額980円)のサービスを無料で利用できる権利を得ました。

この期間に、水上勉(1919~2004)のエッセイ集『閑話一滴』(2015)や、水木しげる(1922~2015)が大きな影響を受けたというヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749~1832)が残した言葉から選んで紹介する『ゲゲゲのゲーテ』(2015)などを読みました。
この二冊はおもしろかったので、Kindle Unlimitedの利用期間が終了した今、購入しようかと考えています。
ともあれ、Kindle Unlimitedが終了したことで、次に読む本がすぐにはありません。そこで、過去に読んだ本をKindle端末から捜し、清張の短編集を読み始めたというわけです。
『たづたづし』は、『小説新潮』1963年5月号に掲載されたのち、同年10月に新潮社から出版された短編集『眼の気流』に収録されています。
私は清張の作品を読んでいるので、『眼の気流』という短編集も私のKindle端末にあるかもしれません。
今回は、清張の短編集『三面記事の男と女』の一作目に収録されている分の『たづたづし』を読みました。
1963年に書かれた作品ですか。東京五輪の一年前の東京と信州が舞台です。
清張が男の主人公を描くと、自分勝手であることが多いです。本作の主人公も、自分の現在の立場を失いたくない気持ちが強い役人として描かれます。
それでいながら、女性と良い関係になりたい気持ちを持っています。男は32歳で、高級官僚を父に持つ娘を妻にしています。この結婚も、男の計算が入っているでしょう。大物役人の娘を妻にすれば、自分の将来のためにも良いだろう、と。
そのくせ、妻には良い感情を持っていません。男は女性に女性らしさを求めるのですが、妻にはそれが欠けていると考えています。
そんな男の前に、平井良子という若い女性が現れます。年は24で、見たところ独り者です。電車の中で良子に巡り会い、ほどなくして、良い関係になります。
良子が独り暮らしする家は、武蔵野の面影が残る土地です。そこへ男は通い、ひとときを過ごすことが始まります。もちろん、妻には内緒の不倫です。
清張がこの手の作品を描くとき、不思議なほど、不倫が妻にはバレません。妻といるところは一場面も描きません。ひたすら、男の内面が描かれます。
やがて破局が訪れます。良子が思わぬことを告白することからです。独身だとばかり思っていた良子には、実は夫がいたのです。しかも、夫は乱暴者で、傷害事件を起こして刑務所に入っているというのです。
その夫が、一週間後に刑務所から出所すると聞かされます。
女といいことをしながら出世欲の強い男は慌てふためきます。良子のことを心配するより前に、自分の将来に重大な危惧を覚えます。
身勝手な男は、自分を守るために、良子を殺すことを計画し、実行するのです。
このあとに、ヘンテコなことが二度起きます。読んでいて、本当にそんなことが起こるものだろうかと思わせられます。それがどの程度ヘンテコであるかは、読んで確認してもらうよりほかありません。
本作を原作として、映画が一本、テレビドラマが三本作られています。文章ではごまかせても、映像にしたら、ヘンテコさは隠しようがないように思います。
私は、映像化された本作を見てみたいとは思いません。主人公の男には魅力がありません。唾棄すべき対象です。
