無闇に眠ろうと焦らないで

家では昔から新聞を数紙とっています。今は、朝日・日経・産経・地方紙が毎朝配達されます。

その日によって配達される時刻は微妙に異なります。ときには、なかなか配達されないことがあり、新聞が入れられる郵便受けを何度も確認に行ったりします。

今朝は早い配達です。ちょうどトイレに立ったとき、配達のオートバイの音を聞きました。午前3時45分か50分頃だったと思います。

早いもので、10月も一週間を残すだけです。めっきり気温が下がってきました。また、このところの関東は天気が良くありません。

昨日は、予報では日中晴れるということでした。関東南部の当地は、時折雲の間から青空がわずかに覗いた程度でした。

私は毎日午前2時頃に起きる習慣です。それまでの時間に雨が降ったようで、地面が濡れています。

新聞4紙に目を通しました。土曜日は、朝日と日経に土曜版がつくため、目を通すのにも時間がかかります。

新聞は、事件や事故とは別に、何かしらのヒントになりそうなことが載っていたりします。

ここ最近は、小説家の阿刀田高1935~)が各新聞の紙面で紹介されることが多いです。

阿刀田は、90歳の今年、5月に妻を亡くされ、独り暮らしになったそうです。それを綴ったエッセーが出たばかりであることが、阿刀田の登場を多くしている理由です。

本日の産経新聞に、そんな阿刀田が取材を受けて話したことが載っています。

基本的には自分で料理をして、食べるそうです。食材の買い出しにも自分で行きます。杖をつき、買った食材を入れるため、リュックを使い出したと話しています。

阿刀田の話でヒントになりそうなのは、なかなか眠れないときのやり過ごし方です。

夜なかなか眠れない人が多いと聞きます。私は眠れなくて困ったという経験がありません。寝ようと思ったらすぐに寝られます。

私は普通の人に比べて早く眠る習慣です。本ページですでに書いているように、起きる時刻が午前2時です。ですから、眠る時間も早く、午後6時頃には眠ります。

早く眠る習慣の私にとっては、天体の動きが良い周期になりました。本日の日の入り時刻は、東京が午後4時54分です。5時頃にはあたりが暗くなります。

日の入り時刻が遅い時期は、午後6時になっても外は昼の明るさでした。最も日の入りが遅い6月下旬から7月のはじめにかけては、東京の日の入り時刻が午後7時1分なのですから。

それでも私は、眠る時刻になれば眠っていました。今は眠る1時間ほど前からあたりが暗くなるので、早く眠る私には好条件になってきました。

一方、日の出時刻はまだまだ遅くなります。本日は、東京が午前5時56分の日の出です。私は夜が明けてから自転車で自宅周辺を30分程度走る習慣です。

日の出時刻が遅くなると、走る時間が遅くならざるを得ません。最も遅い日の出は東京が午前51分です。この時刻になるのは例年、1月1日で、その時刻が半月ほど続きます。ということで、この先、2カ月半ほどは、私の朝のすごしかたには、良い条件とはいえません。

寝付きが良いか悪いかの話でしたね。

阿刀田は取材した記者に「寝つきがいい方ではない」と答えています。しかも、阿刀田は「眠れないことを気にしてしまうのが一番悪いと昔から考えている」と考えるのにです。

そんな阿刀田が眠れないときの過ごし方が、同じような傾向を持つ人にはヒントになるのではないかと思います。

阿刀田の場合は、眠ろう眠ろうとはしないのでしょう。眠気が自然に訪れるのを待ちます。それまでの間は、源氏物語54帖(じょう)の巻名や小倉百人一首を思い出したりするそうです。

ただ、これは、それを知る阿刀田からできることといえましょう。

人それぞれに、何か憶えていることがあるでしょうから、それを、一生懸命思い出すのではなく、つらつらと頭に浮かべているうちに、眠気が訪れるかもしれません。

今朝配達された別の新聞にも、ちょっとおもしろいことが綴られていました。それが載っているのは、朝日新聞の土曜版です。

土曜版には、国語辞典を編纂されている飯間浩明氏(1967~)の「街のB級言葉図鑑」というコーナーがあります。

阿刀田とは別の意味で言葉に関心を持つ方です。

今回飯間氏が注目したのは、バスの中で見かけた注意書きです。そこには次のように書かれていたそうです。

降車ボタンをむやみに押さないでください

自分が降りたいバス停の手前で押すボタンについての注意書きです。この注意書きを目にしたとして、あなたは何かを考えるでしょうか?

私は特別何も考えず、降車ボタンをやたらめったら押したらバス運転手には迷惑になるだろうな、ということぐらいです。

国語辞典編纂者の飯間氏が気になったのは「むやみに」だそうです。

「むやみ」の語源については、飯間氏は、「闇雲(やみくも)」などの「闇」と関連付ける説に説得力を感じるそうです。飯間氏が「むやみ」でイメージするのは、「闇の中でめちゃくちゃに行動する」ことのようです。

ただ、こうも想像します。

バスの降車ボタンをふざけて押したり、連打して遊んだりする迷惑行為をする人は、闇の中でめちゃくちゃに行動しているわけでもないのではないのか、と。

だから、「ボタンは降りる時に1回だけ押してね」などと具体的に指示したほうが守りやすいのでは、とひとつの提案をしています。

言葉の表記で私が目にして気になるのは、自転車で走るコースの道路上にある、次の表記です。

スピード落せ

それが目に入ると、私は「スピード落とせ」ではないのかと感じてしまいます。その注意書きを道路にペイントする仕事の人は、ひと文字でも少なくすることで、手間と塗料代を節約しているのでしょうか。

あるいは、それを発注する側が、予算を節約していることも考えられなくもありません。

眠れない夜にこんなことを考えると、余計に眠れなくなってしまうかもしれませんね。

三球、照代-山手線漫才