30年以上経って気がつくこともある レンブラントの技法書

17世紀のオランダの画家 レンブラント16061669)が描いた『パレットを持った自画像』を一冊の絵画技法書で見ています。

私は購入したものに、購入した日付を残す癖があります。この技法書には【1990.12.27】と日付がかかれてあります。今から35年前に手に入れた技法書です。

『巨匠の絵画技法 レンブラント』購入日日付

わたくしごとながら、母が亡くなったのは1992年11月です。その2年前に本書に接する機会を得たことになります。

書名は『巨匠の絵画技法 レンブラント』です。私はこの本を常にそばに置き、35年間にわたって見続けてきました。技法書はシリーズ化され、ほかにも次の画家の技法書が手元にあります。

ゴッホモネゴーギャンルノワール
ドガターナールーベンス

英国で出版されたものを翻訳し、日本の出版社が出版したものです。

本の構成はシリーズで共通し、まずは画家の「生涯と作品」を解説し、続いて、これも特徴のひとつですが、画家が使った絵具を分析します。

そして、画家の作品を何点か選び、部分の描写を分析します。そして、それぞれの作品の最後には、1ページを使って、作品の部分を実物大で紹介します。

レンブラントの作品は次の11作品を取りあげ、分析しています。

トビトとアンナエルサレムの破戒を嘆くエレミアペルシャザルの饗宴
自画像(1640年)夜警羊飼いたちの礼拝
水浴の女聖ペテロの否認マルガレータ・デ・ヘール
パレットを持った自画像ユダヤの花嫁
Andrew Graham-Dixon on Rembrandt

今回注目するのは『パレットを持った自画像』です。制作年は1663年です。レンブラントは1606年の生まれですから、57歳の年に描かれたことがわかります。

レンブラントは1669年に亡くなっているので、亡くなる6年前にもあたります。

Rembrandt exhibition: Alastair Sooke goes behind the scenes at The Late Works

本自画像は、背景に、正確に描かれた、ふたつの半円があります。そこから、この円の「謎」を解き明かそうとする人がいます。私は背景の半円には興味を持てません。

私が集中的に見るのは、自画像として描かれた人物の描かれ方です。

練武欄の髪は伸び放題で、その髪が帽子から大量にはみ出ている様子が描かれています。

それにしても、その髪の描き方にしても、この時期のレンブラントにしか描けないような描き方をしています。

油絵具が使われるようになってから、その絵具を使い、数多くの才能のある画家が作品を後世に遺してきました。写実を極めた作品も数多くあります。

写実表現を試みた画家は、対象物をどのように描いたでしょう。画家は、自分が見たままに描いたのではありません。対象物を対象物がそこにあるように描いたのです。

見たままに描くのと、そこにあるようにそれを描くのとでは、描き方が違います。

人間の髪をそこにあるように描こうとしたら、髪の毛を一本一本描きたくなるのではないかと思います。

晩年のレンブラントは、自分の目に見えたままに描くことに徹しています。それは、印象派絵画の先駆者といってもいいでしょう。

『パレットを持った自画像』では、アトリエに立ち、鏡に映るパレットを手にした自分の上半身をカンヴァスの上にぶつけています。

蓬髪を丁寧に描こうという気持ちがこのときのレンブラントにはありません。見えたままに、絵具と自由に重ねています。

向かって右半分が陰に沈む自分の顔も、同じように、奔放な筆裁きで描いています。

向かって右の眉の端から瞼のあたりにかけては、黒の彩度を若干落としたような黒い絵具をつけ、絵具が乾く前に、おそらくは筆の絵の先をグググッ、とその時の気分で動かし、削り取られて、下色が覗いています。

向かって右の鼻の下から口にかけての部分には、眉から瞼のあたりに使ったのと同じような黒っぽい絵具で、陰の色をつけています。その黒っぽい絵具は、顎と顎の下にも陰の色として使われています。

この時期のレンブラント以外の画家は、こんな色の絵具を陰の色として使いたがらないです。

固く結ばれた唇には赤みがほとんど感じられません。光線の関係で、レンブラントは作品に描いたような色に見えたのでしょう。

瞳にはハイライトを入れ、輝いた感じにしたいところ、ハイライトは入れていません。

レンブラントの作品で特徴的なことは、人物を描くのであれば、頭部を描くことに集中し、ほかの部分は、頭部ほど熱心には描かないことです。

Rembrandt’s Portrait of God as Man

写実的な作品を描く画家は、衣服を丁寧に描き、生地の違いまで表して見せます。レンブラントがそのように衣服を描くことはありません。

パレットと筆を5、6本持っていますが、いずれもが、ざっと描かれているだけです。

顔の部分を観察する私の眼も、この35年間で変化してきたように感じます。私はその変化を良い変化だと考えています。

昔からこの顔を本技法書で飽きるほど見ています。そのときは、顔の暗部にはブラウンが使われていると考えていました。だから私も、バーントアンバ-の絵具は必須と考え、長い時間その絵具は常にパレットにありました。

しかし、今、レンブラントが描いた自画像の顔を実物大で見ると、いわゆる、バーントアンバーが使われているようには見えません。

本技法書で研究者がレンブラントの使ったであろう絵具を分析しています。ブラウンも使った絵具に加えているものの、「正確な顔料名は不明」としています。

私はつい最近、自分のパレットからバーントアンバーを外しました。数十年使ってきた絵具です。

レンブラントは陰の部分に、ブラウンではなく、ブラックをほかの色と混ぜて使ったのでは、と推測しています。これは今の私の推測ですので、真偽のほどは自分でもわかりません。

陰になった唇には何色が使われているのでしょう。ブラックが加わっていることは間違いなさそうです。それに、レッドオーカーなど土から作られた赤系統の色が使われていそうです。

幾ら眺めていても飽きません。本技法書は、35年間眺めてきました。私がこの世を去るまで、手元に置き、ああでもない、こうでもないと考えながら、眺め続けるでしょう。

『巨匠の絵画技法 レンブラント』の表紙

今は読書の秋でもありますね。