谷崎潤一郎(1886~1965)の作品に『武州公秘話』という作品があります。
私は読んだことがありませんでしたが、その作品を詳しく解説した文章を読み、興味を持ちました。
阿刀田高(1935~)が書いた本に『谷崎潤一郎を知っていますか 愛と美の巨人を読む』があります。私は谷崎の作品のいくつかは読んでいますが、谷崎の全体像はわからないので、本書を以前購入して持っていました。
購入したときに少し読んだだけで、そのままになっていました。
読む本がなくなったので、何かおもしろそうなものはないか、自分が使う電子書籍端末のKindleを点検し、阿刀田の本が読みかけであることに気がつき、続きを読み始めました。
阿刀田の本書は、作品をただ解説しているだけではありません。作品の随所の場面を、かなり長く引用しています。ですので、解説文として読みつつ、作品の部分部分を味わうことができるようになっています。
まだ半分程度読んだところです。
その中で、『盲目物語』に興味を持ち、本コーナーで紹介しようとしていたところ、今度は『武州公秘話』が登場し、これも非常に興味を持たせるため、こちらを先に紹介することにします。
本作は、1931年10月号から翌1932年11月号まで、『新青年』に連載されています。
この当時、『新成年』は江戸川乱歩(1894~1965)や横溝正史(1902~1981)らの活動の場となった青年向け雑誌です。谷崎といえば押しも押されもしない文豪ですが、本作はこんな雑誌に連載されたのでした。
しかも、連載では話が完結できず、連載は途中で中断してしまったようです。その後、加筆修正を加え、単行本化されたというわけです。
本作に限らず、谷崎の作品に接すると、あらゆる方面の知識を膨大に持つ人だったことに感心させられます。そしてそれを、作品に取り入れ、谷崎の筆力で読者を圧倒させます。
本作の舞台は戦国時代です。この時代のことを作品にしようと思ったら、知らなければならないことが山のようにあるでしょう。
主人公である桐生武蔵守輝勝(武州公)は架空の人物です。
私は武州公が13歳の時に体験し、そのことが彼特有の奇妙な妄想につながっていく描写に興味を持ちました。
彼は幼名を法師丸といい、幼少期に、隣国である筑摩の一閑斎のもとに、人質としてとられ、そこで庇護の下、武芸を身に付けるという宿命を持ちます。
法師丸が人質となっている牡鹿山の城が、敵に包囲され、籠城せざるを得なくなります。法師丸13歳のときです。
城内は手狭となり、法師丸は、ひとつところに女童と寝起きを供にするような暮らしぶりとなっていました。
法師丸は戦に興味を持ち、老女に、戦を見たことがあるかと訊き、首が斬られる場面を目撃したことがあることを聞き出します。
法師丸は興味を募らせ、自分を戦が見えるところまで連れて行けと頼むものの、それは叶わぬ望みでした。
その代わりとして、ある夜、その老女に、あるところへ連れて行かれます。
そこは土蔵の屋根裏です。そこでは、討ち取った生首を、記録として残すためか、綺麗に洗って髪を結い直す処理をしていたのでした。
それをするのは三人の女と助手の女がふたりです。篝火がふたつ焚かれ、かなり明るい中で、三人の女は、流れ作業のようにして、生首を相手に黙々と手を動かしています。
ひとり目の女は、盥(たらい)の水で、頭部の汚れを綺麗に洗い落とす役目です。それが済んだ頭部の髪を綺麗に結い直すのが二人目の女の役目です。そして三人目の女は、首の髷に木札を縫い込みます。
三人の女は、それが生首であっても、怖がりもせず、慣れた手つきで、丁寧に、自分のなすべきことをしています。
それを眺める法師丸は、これまでに経験したことがない奇妙な陶酔を得ていきます。
なかでも、真ん中の女の作業に引き込まれます。年の頃は十六、七ほど。丸顔で愛嬌を感じさせる顔です。
彼女は切り取られた頭部の髪を一度ほどき、髪を結い直します。それが、法師丸には艶めかしく映ります。
彼女の動作を阿刀田が引用しています。それをさらに引用させてもらいます。
もっとも彼を陶酔させたのは、まん中に座を占めて髪を洗っている女であった。彼女は三人のうちで一番年が若く、十六か七くらいに思えた。顔も丸顔の、無表情な中にも自然と愛嬌のある面立ちをしていた。彼女が少年を引きつけたのは、ときどきじっと首を見入る時に、無意識に頰にたたえられるほのかな微笑のためだった。その瞬間、彼女の顔にはなにかしら無邪気な残酷さとでもいうべきものが浮かぶのである。
阿刀田高. 谷崎潤一郎を知っていますか―愛と美の巨人を読む― (p.176). 新潮社. Kindle 版.
これを含むこの場面の描写が、本作の白眉だと阿刀田は書いています。
その後も、他人の目を盗んで、法師丸はその作業場へ行き、彼女たちの作業を熱心に観察しては、恍惚感を深めていきます。
上の引用にあるように、丸顔の女が、頭部をじっと見入り、微少を浮かべます。微少の意味を少年なりに想像し、そこに、少年の性的な高揚が重なります。
そして少年は、自分が切り落とされた生首になり、その女に抱えられ、顔を近づけて見入られたのち、微笑んでもらいたいという倒錯した欲求を抱くようになります。
彼女たちが扱う生首の中に、鼻が削がれたのがありました。法師丸が不思議に思って訊くと、「女の首」だと教えられます。
戦場の混乱の中で、敵を討って首を切り落としたものの、生首は重く嵩張ります。そこで、敵を討った証拠として、鼻を削いで持ち帰ることがあるといいます。
鼻を削がれた生首は、男女の区別がつきにくく、「女の首」と総称されるようになったということです。
法師丸は、自分が鼻の削がれた生首になり、彼女の抱擁を受けるという夢を描くようになります。
法師丸はそのときの女に強い恋心を持ったでしょう。しかし、生き別れとなります。
成人した彼は、彼女の居所を探りますが、彼女が、「井田駿河内(いだするがのかみ)の女(娘)さよ」らしいことがわかっただけでした。
生首を扱う彼女の肌は艶やかで、生首と比較することで、赤い血が通う生身の人間が持つ生々しさが極まるでしょう。谷崎は書いていませんが、その場に漂う臭いも法師丸を刺激したに違いありません。
本作の解説を始めるにあたり、阿刀田は次のように書いています。
〈武州公秘話〉は不思議な小説だ。読者諸賢の中には、 ──なんや、これ。けったいな小説やなあ── 首を傾げるむきもあるだろう。 だが文豪・谷崎の豊かな想像力、巧みな筆致、人間の歪な側面を鮮かに描き出し、 ──小説でしかできないことやなあ── と評価する声もある。名作とする意見もある。
阿刀田高. 谷崎潤一郎を知っていますか―愛と美の巨人を読む― (p.170). 新潮社. Kindle 版.
近いうちに、本作の全編に接することにしましょう。
