デジタル全盛の今は、物としての物質を所有しない時代といえるでしょう。
写真の場合も、昔は、プリントされた写真を自分の手に取り、物としての実感を味わいながら、それが撮影された時のことを思い出すことができました。私はネガフィルムよりもポジフィルム(リバーサルフィルム)を好みました。それでも、現像されたフィルムは一枚ごとにマウントされ、それを手に持って鑑賞する喜びがありました。
音楽を楽しむにしても、今はネット配信ができたことで、パッケージされた商品としての物がありません。昔はレコード盤やコンパクトディスク(CD)を手に入れ、レコードプレーヤーやCDプレーヤーに自分の手でセットし、音楽を愉しみました。
絵の世界も、漫画チックなものやイラストであれば、PCの画面を見ながら描くことが可能となりました。自分で描かず、人工知能(AI)に作成させることもできます。
私は昨日、絵具と接する時間を持ちました。パレットに油絵具を載せ、自分の手で絵筆を持ち、カンヴァスに絵具を載せていきます。デジタル時代にあっても、やっていることはアナログです。手で触れることができないデジタルでは味わえない実感がアナログにはあります。
今の子供たちが泥んこ遊びをするかどうか知りません。自分の手で泥を掴み、思い思いの形を作る楽しさは何物にも代えられません。油絵具を使って絵を描く行為は、子供の泥んこ遊びに似た楽しさがあります。
今朝、YouTubeで、次の動画がお勧めにあったので見ました。
アドルフ・モンティセリ(1824~1886)の油彩作品を紹介した動画です。
美術に興味のある人でなければ馴染のない画家だと思います。私自身、彼のことはそれほど詳しくは知りません。
ネットの事典ウィキペディアで確認すると、彼はフランスのマルセイユ出身ですね。パリに出て学んだあと、40代中頃まではパリに留まって制作を続けたのでしょう。彼が影響を受けたのは、ウジェーヌ・ドラクロワ(1798~1863)とあります。
46歳頃に、生まれ故郷のマルセイユに戻り、そこで亡くなるまで制作を続けています。
ウィキペディアには次のような記述があります。
過度の飲酒や浪費などがたたって生活は貧しかった。
彼は61歳で没しています。亡くなる一年前には下半身不随となってしまったそうです。
15歳年下のポール・セザンヌ(1839~1906)とは長く親交を持っていますね。
知り合ったのが1860年代で、パリ万国博覧会が開かれた1878年から1884年までは、ふたりで、一緒に風景画を描いたりしたそうです。セザンヌの故郷であるエクス=アン=プロヴァンスへも行き、一カ月ほどそこに滞在しています。
私はモンティセリの作品を自分の眼で見たことがありません。日本ではあまり知られていないので、日本で開かれる展覧会でも、彼の作品は出品対象に選ばれることが少ないのでしょう。
印刷されたものやPCのデジタルデータでは見たことがあります。とても魅力的なマチエール(絵肌)です。
フィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853~1890)がモンティセリの作品に大きな影響を受けています。
もしもゴッホがモンティセリと親交を結ぶことができたら、ポール・ゴーギャン(1848~1903)とは違い、長く続いたのではなかろかと思います。セザンヌとそれができたのですから。
本ページで紹介する動画を見てもわかると思いますが、油絵具を絵筆にたっぷりとつけ、それをカンヴァスに載せて描いています。ゴッホといえば絵具を厚塗りした画風が有名ですが、その描き方をするようになったのも、モンティセリの作品を見たからです。
写真のように本物そっくりに描いた絵を感心する人がいます。そんな人がモンティセリの作品を見たら、どんな感想を持つでしょう。
写真のように描かれた作品の多くは、絵具を薄く使い、描かれた画面は平滑です。それに対し、モンティセリやゴッホの作品は、表面が絵具が盛り上がることで凸凹しています。そのマチエールが素晴らしいです。
写真のように描くだけなら、今はAIを用いることで、よりリアルに実現できるのではありませんか?
油絵具で厚塗りされた作品は、デジタルでは決して得られない、強い物質性を強く持ちます。
私が最も敬愛するのが17世紀のオランダの画家、レンブラント(1606~1669)です。レンブラントの晩年の作品が、豊かなマチエールを持ちます。また描く題材が、宗教画などの具体的な場面ではなく、人物を量感たっぷりに描いています。
近づいて見ると、絵具のタッチがそのまま残っています。伝統的な油彩画は、絵筆の跡を残さない描き方が長いあいだ良しとされました。レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)は、指の腹などを使い、スフマートで極めて平滑に表現しています。
それと反対のことをしたのがレンブラントであり、モンティセリであり、ゴッホです。私はレオナルドよりも、レンブラントやモンティセリ、ゴッホが好きです。印象派の画家、クロード・モネ(1840~1926)も、パレットに絵具を大量に絞りだし、カンヴァスにそのまま載せるように描いていますね。
モンティセリは、何か具体的なものを描きながら、描き方は自由です。絵筆に油絵具をたっぷりとつけ、それをカンヴァスにどんどん載せるようにして描いています。物質性にあふれています。
初めてモンティセリの作品を見てゴッホが魅了されたのも無理ありません。
油絵具をたっぷりと使った表現は、デジタル全盛の今、残された「楽園」のひとつといっていいでしょう。
