私は昔から、なぜか、テレビで将棋対局を見るのが好きです。今も、毎週日曜日の午前中に放送される「NHK杯テレビ将棋トーナメント」はほぼ欠かさずに見ています。
それでいながら、将棋のルールを覚えたのは十年ほど前です。
ということは、それまではルールもわからずに将棋の対局を見ていたことになります。
それでも私は、将棋の対局を見るのが好きです。
プロとして将棋を指す棋士は、一局一局を、素人には決してわからない、極限の状態で臨んでいるのでしょう。
将棋界に彗星のように現れ、瞬く間にタイトルを独り占めしたのが藤井聡太さん(2002~)です。先頃あった竜王戦で藤井さんは挑戦者の佐々木勇気さん(1994~)を4勝2敗で下し、タイトルを4期連続で保持しました。
テレビなどで藤井さんを見る限り、まだ若いにも拘わらず、どんなときも自分を失わず、周囲への配慮ができているようにお見受けします。
そんな藤井さんを「怖い」と感じたことのある人の話です。
藤井さんが登場し、将棋界を担う次代の棋士であることが決定的になったあとから、朝日新聞は「大志 藤井聡太のいる時代」という連載が始まりました。
毎週日曜日に掲載されるそのコーナーの本日分は「八冠編(2)」として、「運命の一局 西山朋佳が見た『怖い』藤井」が書かれています。
将棋に特別興味のない人は、現在、女流棋士としては第一人者の西山朋佳さん(1995~)のことをご存知ないかもしれません。
西山さんは、女性の棋士して初めての棋士を目指していました。プロの棋士になる人は、基本的には新進騎士奨励会に入り、その三段リーグを突破して四段にならなければなりません。
西山さんが奨励会の三段リーグに初めて参戦したのは第59回です。その回には、のちに八冠(2024年12月15日現在は七冠)となる藤井さんが参戦しています。藤井はまだ中学2年生でした。
藤井さんは、2016年9月3日に、その回の三段リーグ最終日を迎えています。前節を終了した時点で藤井さんは12勝4敗で、最終戦に勝てば、三段リーグを突破し、プロの棋士となります。
その最終日に藤井さんの対局相手になったのが西山さんなのでした。
そのときの対局を振り返り、西山さんは次のように語っています。
怖かった。藤井先生の放つ空気がとても怖かったんです。あの時くらい相手を怖いと思ったことはありません。
本日、西山さんが語ったこの部分を読んだとき、深く感じ入りました。将棋というのは、素人がとても想像できないほど、どこまでも深い世界なのだろう、と。
14歳だった藤井さんは西山さんとの大一番を制し、「史上最年少棋士」の称号を手にし、一躍、「時の人」となりました。それを果たすため、藤井さんがいかに勝負に徹したのかが伝わってきます。
西山さんはその後、三段リーグを第68回まで5年10期戦っています。第66期では14勝4敗の戦績を残しながら次点に甘んじるなどで、棋士への挑戦は、第68期で幕を引きました。
そんな西山さんが今年、棋士編入試験受験の規定を満たし、現在、棋士との五番勝負に臨んでいます。5局戦って、3勝すれば、夢にまで見た棋士への道が開けます。
現在までに3局が終わり、西山は1勝2敗と崖っぷちに立たされています。しかし、残りの2局に勝てば、子供の頃からの夢を果たすことができます。
藤井さんと西山さんといえば、今年のNHK杯テレビ将棋トーナメントの2回戦で対局しています。そのときは、藤井さんの勝利でした。
西山さんは、将棋を教わっているという木村一基さん(1973~)との1回戦に勝ち、藤井さんとの対局を実現したのです。
そのときも、もしかしたら、藤井さんがまだ14歳のときの、あの対局のことが頭をかすめたりしたでしょうか。
プロ棋士への登竜門がどれほど狭いものなのか。そして、その世界でタイトルをほぼ独占する藤井さんがどれほど凄いことなのかと思わざるを得ません。
将棋のルールも知らずにテレビで対局を長いこと見ていた私は、それと気がつかずに、棋士が発する、ときには「怖い」ほどの凄みに魅了されているのかもしれません。
