林眞須美死刑囚が紙コップを持つのを目撃した工藤(仮名)少年

昨日の本コーナーでは、このところ私が急に関心を持ちだした、無差別殺人事件について書きました。1998年7月25日に、和歌山市園部地区で起きた「和歌山毒物カレー事件」です。

本事件の容疑者として逮捕され、取り調べと裁判を経て、死刑が求刑されたのが、事件現場付近に住んでいた林眞須美(当時37歳)です。

私は今まで、本事件の犯人を彼女と認識していました。しかし、事件から27年後の今になり、彼女に冤罪の可能性が出てきたのを感じます。

彼女が有罪に値するか、それとも無罪なのか、私にはわかりません。しかし、私の今の気分としては冤罪に傾いているため、彼女や彼女の夫は呼び捨てにせず、さんづけで書いていきます。

眞須美さんを無差別殺人事件の犯人と断定する主な理由の要約を、ネットの事典ウィキペディアを参考にして書いておきます。

  • (1)カレー鍋に混入されたのと組成が同じ特徴を持つ亜ヒ酸ヒ素)が眞須美さんの自宅から発見された
  • (2)眞須美さんの頭髪からも高濃度のヒ素が検出された
  • (3)ヒ素を混入する機会を有するのは眞須美さんのみで、不審な行動が目撃されている
  • (4)本事件以前に、ヒ素や睡眠薬を使う殺害行為をしていた

本事件に関心を持ったあと、YouTubeで動画を多く見ました。いずれも、彼女の冤罪の可能性に力点を置いた動画です。ですので、その意味では、偏りがあるかもしれません。

ともあれ、それらの動画を見ると、上で上げられた主な断定理由が、彼女に死刑判決を下すものであるのか、素人の私としては疑問を持ちます。

上の4つの断定理由のうち、3番目に注目してみます。

眞須美さんのみが、毒が混入されていた鍋にヒ素を混入させる機会を有しているとしていますが、それがどうして断定できるのでしょう。

問題のカレーは、同日午前8時30分頃から、眞須美さんの自宅近くにある民家のガレージ内で調理が始まっています。そのカレーは、当日に行われる地区の夏祭りで住民に振る舞うためのものでした。

同地区では、1992年に地区の夏祭りが始まり、毎夏の恒例となっていました。祭り前に地区の代表の話し合いが持たれ、カレーやおでんを作ることなどが決まっています。

また、作ったカレーが入った鍋は、子供たちが鍋を倒したりすることがないよう、地区の1斑から5班までの班長が交代で、祭りが始まる当日午後6時まで、1時間程度見張りを受け持つことが決まっています。

眞須美さんは1班の班長でした。

その会議に眞須美さんも出席していました。それが決まったあと、会議に出ていた主婦のAに、カレーを作る日は、午前中に用事があるので、調理には参加できないものの、午後の見張りはできる旨を伝えていたようです。

Aとされている主婦は、自治会の婦人部部長で、Aに直接会って話を訊いた動画がYouTubeにあります。顔と声は出さず、聞くことができた話だけを伝えるものです。その動画では、Aを仮名で「酒井晴美」としています。ですので、以後、本更新ではAを酒井と書きます。

2【地域住民が語るカレー事件】22年前、毒入りカレーを食べた住民が語る、事件当日のこと/林眞須美はどんな人だったか?/ガレージでのやり取り【和歌山カレー事件の真相を追う】

本事件の犯人とされた眞須美さんは、自宅からヒ素を紙コップに入れて運び、人目を盗んで問題のカレー鍋に入れたことになっています。

青色の紙コップは、カレーを調理する際に出たゴミを入れたのであろうビニール袋の中から発見されています。ただ、その紙コップに眞須美さんの指紋は残されていません。また、誰が捨てたものかも確認されていないと思います。

眞須美さんが紙コップを持っていたという証言が、ふたりの目撃者によって証言されています。

そのひとりが、昨日の本コーナーで紹介したインタビュー動画で話をする事件当時16歳だった人です。動画は事件後22年目にあたり、インタビューを受けたときは38歳です。

#6【“消えた目撃少年”の真相】/訴えられた相手は林眞須美/事件当日、目撃したこと/なぜ証言台に立たなかったのか?/22年越しに事件について語る理由【和歌山毒物カレー事件】

動画では、仮名で「工藤裕也」とされています。

本動画を作ったYouTube配信者は、本動画以外に、工藤さんの供述調書を基にした次の動画を2本作っています。

#10 【供述調書 前編】事件当日、“目撃少年”は何を見たのか?/供述調書の詳細をドラマで再現/少年はなぜカレーの調理場に行ったのか?/「紙コップを持ったおばさん」【和歌山毒物カレー事件】
#11 【供述調書 後編〜矛盾〜】目撃少年の供述と判決にはある矛盾があった?/事件当日の流れを検証/キーポイントは「タオル」/飲食店マスターのその後【和歌山毒物カレー事件】

私はこの2本の動画も興味深く見ました。いずれも4年前、2021年に作られて配信されたものです。

1本目は、工藤さんが、突然家を訪問された検察官によって取られた供述調書を読み上げながら、映像化されたものです。供述調書が作成されたのは、事件から約4カ月後の1998年11月17日です。

事件当時、16歳だった工藤さんは、定時制高校に通いながら、事件現場に近い「まるふく」という飲食店でアルバイトをしています。「まるふく」が扱うのは、お好み焼きおでんです。

工藤さんは毎日午前9時頃に出勤し、午後10時頃まで仕事をしたそうです。開店は午後0時で、閉店は午後9時。開店前の3時間は、開店準備に追われます。

店には寸胴鍋が5つあり(工藤さんの記憶)、そのうちの2つが、カレー事件で毒が混入された鍋としてこの店から貸し出されています。

店ではその鍋を、おでんの出汁作りや、お好み焼きの生地を作るのに使ったそうです。

工藤さんは店の経営者のマスターから、前日に地区の夏祭りのことを聞いて知っていたので、店が暇であれば、店の近くの夏祭りの様子を見に行くことも考えていたようです。

工藤さんは、自分が働く店で使う鍋でカレーを作ることから、カレー作りにも関心を持っていたようです。それに加えて、午前中の開店準備が終わった頃、マスターからも、カレー作りを見てきたらと声を掛けられ、実際に、カレーを作るガレージ近くに足を運んでいます。

工藤さんが店を出たのは、午後0時の数分前です。店を出ると、開店を待つ若いカップルがいたと答えています。

店のマスターは、開店前の準備を終えると、決まって午前11時50分くらいに一旦店を離れ、近くにある自宅で着替えをして、開店したあと、午後0時15分から20分頃に店に戻る習慣であったそうです。

店には女性従業員がいますが、その人のことは何も伝えられていないので、わかりません。普通に考えたら、マスターの妻でしょうか。

マスターは妻と娘3人で暮らしていたそうです。なお、娘は工藤さんより1歳年上ということでした。

開店前に工藤さんが店を離れてしまったら、店に残っているのは女性店員ひとりです。そのあたりのことを工藤さんはあまり気にしていなかった(?)のでしょうか。

ともあれ、店を出た工藤さんは、途中の自動販売機で缶コーヒーか何かを買い、カレー作りをするガレージに向かいます。ただ、ガレージまで行くのではなく、そこが見える月極駐車場と書かれた看板の前あたりから、ガレージのほうを観察していたようです。

工藤さんが働く店からはまっすぐ進んだところで、距離にして5、60メートル、あるいは100メートルぐらいでしょうか。

工藤さんは前日の夜に、録画したビデオを遅くまで見たため、眠気に襲われたりしたそうです。

その場にしゃがんで、缶コーヒーか何かを飲みながら、煙草をふかしていたそうです。短時間、ウトウトすることもあったようです。

工藤さんがそこにいたちょうどそのとき、眞須美さんがガレージに現れます。工藤さんは眞須美さんを「とても太ったおばさん」と話しています。

その一方で、おそらくは酒井さんことを、エプロンをかけた「可愛らしい感じのおばさん」としています。

実は、眞須美さんは工藤さんがバイトをする「まるふく」を何度か利用したことがあるそうで、「林」という苗字も知っていたそうです。

だから、眞須美さんが自宅方面から現れたときに、それが林さんに違いないこともわかります。

工藤さんがインタビューに答えた動画で、検察官には何度か訊かれたと答えています。検察官が知りたいことを工藤さんに訊き、それを検察官が文章にまとめたのでしょう。

そのまとめられた文章を読み上げるのを聴いていると、小説家の村上春樹1949~)が書きそうな文章であるように感じます。

工藤さんが目撃したことを、事細かく供述しています。

工藤さんは、自分から少し離れたところを歩いて通り過ぎる眞須美さんが、右手に何か持っていることに気がつきます。持っているのはコップのようなものです。

短い時間でよくそこまで見たものだと感じますが、それはガラスのコップでなく、紙でできたコップであろうことに気がつきます。しかも、色は淡いピンク色で、3個程度の紙コップを重ねているらしいことまで見て、記憶しています。

眞須美さんがその場に現れたときのことは、ガレージに居合わせたカレー作りをした地区の主婦数人の証言にまとめられています。

眞須美さんが現れる直前、婦人部部長をする酒井さんらが、眞須美さんの悪口いっていました。そこに眞須美さんが現れたので、その場が気まずい雰囲気になったそうです。

その様子も工藤さんは見ていたはずですが、10メートルぐらい離れたところにいたので、何を話しているかはわからないとしています。

間には道路があります。その向こう側にガレージがあり、こちら側に工藤さんがしゃがんでいます。

カレーを作っていた主婦らは、警察や検察の調べに対し、そこに工藤さんが15分程度佇んでいたことはまったく話していません。10メートルぐらい離れたところに若い男がいて、そこに15分程度も佇んでいたら、気にならないのが不思議なくらいです。

カレー鍋を交代で見張ることまで事前の会議で決めていたのですから、付近には警戒していたのではないかと思います。そんな主婦たちに、工藤さんの存在がまったく残らなかったのだろうかという気が私はします。

午後0時頃にガレージに現れた眞須美さんは、酒井さんに氷の用意がどうなっているか尋ねています。そのことで、酒井さんと少々もめています。

その間、そこにいた主婦らで、眞須美さんが2、3個重ねた紙コップを見たという人がひとりもいません。それを見たのは、工藤さんひとりです。

眞須美さんは、酒井さんにいわれて、氷の用意がどうなっているか確かめるため、午後0時10分頃に、ガレージをあとにします。

もしも、主婦らが眞須美さんが去るのを見ていたら、どちらかの手で紙コップを持っていることに気づいたでしょう。

警察は、眞須美さんが紙コップにヒ素を忍ばせてガレージに運んだと見ています。だから、眞須美さんがガレージを離れるとき、ヒ素を入れた紙コップをガレージ内に置いていくことは考えられません。

工藤さんは、眞須美さんがガレージを離れるところは見ていません。煙草を二本吸い終わるぐらいの時間そこにいて、午後0時10分になる前に、その場を離れたことになります。

眞須美さんがガレージを離れるタイミングで、酒井さん以外の主婦も、その場を離れ、自宅へ戻ります。その後、眞須美さんが再びガレージに戻るまでの10分程度、ガレージにいたのは酒井さんがひとりでした。

眞須美さんが問題の紙コップを持つのを見た数少ない目撃者となった工藤さんの動画を参考にして、当時の状況を考察してみました。

本事件については、あと一回ぐらい、本コーナーで取り上げるかもしれません。