時代が変わると、考え方、表現も変わるということでしょうか?
関東地方は、明日(5日)昼頃からあさって昼前にかけ、天気が崩れ、雪が降る予報です。
それにしても、5センチ程度の積雪を「大雪」と捉えるのはどんなものでしょうか?
大雪が日常的に降る地域の人に、「5センチの大雪」といったら、どんな風に思われるでしょう。
マスメディアは騒ぐのが商売と履き違えているところがありますから、東京で薄っすらでも雪が積もったら、中継車を出して、「東京で大雪です」と大げさに騒いだりすることでしょう。
5センチといえば、大人の足が潜るぐらいです。これで「大雪」ですかねぇ?
関東南部の当地は、雪が降ることが稀です。それでも、私が子供の頃はときに「大雪」の降ることがありました。最も積もった年は、大人の腰ぐらいまで雪が積もったのを憶えています。
雪が降らない地方であれだけの雪が積もったら「大雪」で間違いないです。
雪国の人には怒られてしまいますが、子供の頃は雪が積もると喜びました。雪だるまを作ったり、即製のソリのようなものを大人に作ってもらい、遊んだりできたからです。
大人になった今は、それほどの雪を見ることがほとんどありません。だからといって、それを、「温暖化」とやらのせいにするつもりはありません。
国やマスメディア、専門家が「温暖化」と騒ぎますが、私は信用していません。
その「温暖化」とやらのために、二酸化炭素の排出量を抑えるため、車までもモーターに変換しようというのは、ある意図を持つ勢力によって仕切られていることだと考えます。
EV車が普及した国は、電気料金の値上がりによって、庶民が苦しんでいるといった声を聞きます。
地球の歴史を長いスパンで見れば、気温が上がることもあれば下がることもあります。短いスパンの動きだけを見て、人間がどうこうしても、どうにもなるものではありません。
自然の摂理に任せ、今まで通りに暮らしていけばいいです。
そのうちにまた、大人の腰に達するような積雪が、関東南部で見られることもあるでしょう。
