岡本綺堂の短編小説に『池袋の怪』があります。読んだことはありますか。
話は、安政の大地震の翌年に起きた事として始まります。このことから、長く続いた江戸時代後期のことが書かれているのがわかります。
その頃に、武家の屋敷で、怪異なことが次々に起きたとされています。
たとえば、麻布にあった某藩邸では、カエルが座敷に這い出るといった具合です。それが幾日も続き、数が増えたりするのですから、どうしてこんなことが起きるのだろう、と思わずにはいられないでしょう。
またある屋敷では、屋敷内にいるのに、どこからともなく、小石がひょいと飛んで来るといいます。人に危害を加えないからいいものの、謎が謎を呼ぶ出来事ではあります。
綺堂が書く作品の中で、江戸時代に起きたそれらの怪異が、『耳袋』という書物に収められていると書かれています。その記述を読み、少し前に、朝日新聞にあった書評を思い出しました。
今月7日の書評欄で、横尾忠則が『大江戸怪談事情 「耳囊」の怪異をひもとく』を取り上げています。
そこで、『耳袋』に書かれていることは、江戸時代に本当に起きたことなのか、とGoogleのAI Geminiに尋ねました。すると、次のように教えてくれました。
『耳袋(みみぶくろ)』は、江戸時代後期のとても興味深い書物ですね。
結論から申し上げますと、「江戸時代の人々が『実際にあったこと』として語っていた話」が集められています。
現代の感覚で言う「科学的な事実」かどうかは別として、当時の人々が真剣に信じていたり、噂していたりした「リアルな口コミ集」という側面が強いのが特徴です。
詳しく解説します。
1. どんな書物なのか?
- 著者: 根岸鎮衛(ねぎし しずもり)。彼は南町奉行(現在の警視総監や裁判官を兼ねたような要職)を務めた高級官僚です。
- 執筆期間: 天明年間から文化年間(18世紀末〜19世紀初頭)にかけて、約30年以上書き続けられました。
- 内容: 全10巻、1000話近くに及びます。
2. 「怪異」は本当にあったことなのか?
ここが『耳袋』の面白いところです。著者が町奉行という「現実的で堅い仕事」についていた人物だったため、単なる創作怪談(エンターテインメントとしてのホラー小説)とは一線を画しています。
- 「聞いた話をそのままメモする」スタイル タイトルの『耳袋』は、「耳に入った話を袋に詰め込む」という意味です。根岸鎮衛は、仕事の合間や来客との雑談の中で聞いた「珍しい話」「不思議な話」を、面白がって書き留めました。
- リアリティの質 「〇〇に住む誰兵衛から聞いた話だが」といったように、出典元が明記されていることが多く、「当時の人々が本気で目撃したと信じていたこと」や「世間でまことしやかに囁かれていた噂」が記録されています。
- 内容は怪異だけではない 幽霊や妖怪の話も多いですが、それ以外にも「奇妙な事件」「親孝行な人の話」「動物の不思議な行動」「当時のゴシップ」など、ジャンルは多岐にわたります。中には、怪異と思われたものが「実は人間の仕業だった(トリックだった)」という、奉行らしい謎解きの話も含まれています。
3. 具体的にどんな話がある?
現代の怪談実話にも通じるような、不思議で少し不気味な話が多くあります。
- 幽霊・妖怪: 死んだはずの人が現れた話、化け狐や狸の話。
- 予知・虫の知らせ: 夢のお告げや、死期を悟った人の話。
- 不思議な物体: 空から降ってきた謎の物体や、見たこともない生物の話。
『耳袋』について書かれた本を読んだ横尾は、あることに注目しています。それは「夫婦和合」についてのある考えです。現世において、夫婦の仲が良いことは、喜ぶべき事と誰もが考えると思います。
しかし、横尾は、『耳袋』から得た知見として披露し、そのことが、二人があの世では地獄の苦しみになる、と書いています。
そのあたりを、Geminiに解説してもらうと、次のようになります。
評者が横尾忠則氏というのは、まさに「我が意を得たり」というキャスティングです。ご指摘の通り、横尾氏は霊性や死後の世界、あるいは「目に見えないもの」への感度が非常に高い芸術家ですので、この『大江戸怪談事情』という本を評するのにこれほど相応しい方はいないでしょう。
横尾氏の書評は、単なる書籍紹介にとどまらず、彼らしい独特の死生観が色濃く反映された内容になっていました。非常に興味深い視点でしたので、いくつかポイントを共有します。
横尾忠則氏の視点
横尾氏は、この本(および『耳袋』)を単なる「お化け話のアンソロジー」としては読んでいませんでした。
- 「執着」が「幽霊」を作る 横尾氏は書評の中で、「執着の度合いによって残した想(おも)いが形象されたのが幽霊である」と定義しています。これは、先ほどのご質問にあった「本当に目にしたのか?」という点に対する、精神的な側面からの回答とも言えます。物理的な実在以前に、江戸の人々の強烈な「執着」や「煩悩」が、怪異という形をとって現世に現れていたのだという解釈です。
- 夫婦和合のパラドックス 特に印象的だったのは、「死んでからも離れられない夫婦」のエピソードに対する彼の感想です。 一般的に「夫婦仲が良い」ことは美徳とされますが、横尾氏は「夫婦和合こそが(成仏を妨げ)地獄への道と知ったら、あなたはどうしますか?」と、ドキリとするような問いを投げかけています。 仲が良すぎるあまりに死後も相手に執着し、それが怪異となってしまう――。この「情愛の恐ろしさ」を読み取るところに、横尾氏の凄みがあります。
- 文化論としての評価 彼はこの本を、怪談を面白がるだけのものではなく、「当時の社会情勢や背景にまで踏み込んだ文化論」として高く評価していました。
私は、Geminiの解説を聞きながら、別の連想をしていました。それは、本コーナーで取り上げたことがある、松本清張が『密宗律仙教』で書いていたことです。
清張の話に出てくる主人公は、自分の性欲を満たし、金儲けするために、宗教を悪用する男です。男は、男女の和合こそが最も尊いことだと説き、男に寄ってきた人妻と良からぬ事をします。
清張が題材に使った真言密教について、Geminiは次のように補足しています。
密教には「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」という言葉があり、「悩みや欲望を無理に消すのではなく、それを昇華させて悟りのエネルギーに変える」という考え方は確かにあります。 しかし、それはあくまで修行のプロセスとしての話であり、特定の相手への「執着(ドロドロした愛着)」を推奨するものではありません。
岡本綺堂の『池袋の怪』に戻りますと、江戸後期、池袋村で生まれた女を妻にすると、その家に、怪異な事が起こる云々、と『耳袋』に書かれているとしています。
そのことをGeminiに尋ね、次のような回答を得ました。
「池袋の女と結婚すると怪異が起きる」は事実か?
結論から言えば、これは「たまたま起きた不幸が、村の閉鎖性と結びついて『伝説』になったもの」であり、綺堂がそれを怪談としてうまく脚色した可能性が高いです。
- 因果関係の正体: 当時(江戸〜明治期)の池袋は、鬱蒼とした雑木林が広がる、江戸の中心部から見れば「辺境の地」でした。 そのような閉鎖的な村落では、「外部の人間が村の娘を嫁にもらう」こと自体が珍しく、もしその家で偶然不幸(病気や事故)が続くと、人々はそれを合理的に説明できず、「あそこは『神域』や『異界』に近い場所だから、そこの女を連れ出すと祟りがあるのだ」という因果話を作って納得しようとします。これは民俗学的によくある「異人(まれびと)信仰」の変種です。
- 綺堂の狙い: 綺堂は、そうした「古い村の排他性」や「自然への畏怖」を、近代化しつつある池袋の風景に重ね合わせました。「今は電車が走っているが、かつては人を寄せ付けない魔所だった」というコントラストを描くために、この伝説を用いたのです。
そして、池袋という地名の由来について、次のようなことを教えてくれました。
「ふくろう」と「雑木林」
「池袋」という地名の由来には諸説ありますが、湿地帯に袋のような池があったからとも言われています。 明治の地図を見ても、現在のサンシャインシティや駅周辺は、見渡す限りの畑と、武蔵野特有の鬱蒼とした雑木林(雑司ヶ谷の森の続き)でした。
- 昼でも暗い: 木々が生い茂り、昼間でも薄暗い場所が多くありました。
- ふくろうの森: 現在、池袋のシンボルは「ふくろう(いけふくろう)」ですが、これは語呂合わせだけでなく、実際に森深くてふくろうが住むような場所だったからです。
フクロウといえば、偶然に、フクロウを使ったYouTube用ショート動画を、GeminiとFLOWで生成してもらったばかりです。
池袋が急に発展したのは、明治36年(1903年)に山手線(当時は豊島線)の信号所ができ、駅が開業してからです。それまでは本当にただの農村でした。
とのことです。

岡本綺堂が書いた作品には、『耳袋』に通じるような話が数多くあります。綺堂の作品に接しながら、『耳袋』で書かれた世界を楽しむことにしましょう。
本コーナーで書くGeminiとのやり取りを、NotebookLMにソースとして読み込ませ、動画を生成してもらいました。文章を読むのが面倒な人は、動画をご覧ください。
