バフェットのように達観したい、けれど…

私はカメラで写真を撮ることを趣味としています。この趣味はフィルムの時代に始めました。今はデジタルでこの趣味を楽しんでいます。

私が使うのは、キヤノンのミラーレス一眼カメラ、EOS RPです。レンズは、RF28㎜ F2.8 STMが1本だけです。

EOS RPとRF28ミリの組み合わせ

お金に余裕のある人は、写真を仕事にするような人が使う高価なカメラとレンズを使ったりするでしょう。

私も余裕があればそのようなカメラやレンズを使いたいと考えていました。しかし、これは良い傾向だと思いますが、物に対する考え方を変えようと思っています。

きっかけは、本コーナーで二日続けて取り上げた、世界的な投資家、ウォーレン・バフェット1930~)の考え方を知り、自分もそうあるべきではないのかと考えたことです。

バフェットは今年、現役の引退を発表したと記憶します。最終的に、バフェットがその投資哲学によって、どれほどの富を築いたのか、正確な数字は知りません。

バフェットがどうして、そのような投資行動をしたのかについて、昨日、Googleの人工知能(AI)、Geminiに訊き、いろいろと教えてもらいました。その一部は、昨日の更新で共有しています。

バフェットは、世界のトップに立つような富を得ても、昔ながらの庶民的な家に暮らし、質素な生活を維持しています。

金持ちになれば、世界に何台もないような車を手に入れ、運転免許を持っていても、移動の時は、お抱えの運転手に運転させ、ふかふかのシートに座って移動したりするでしょう。

バフェットはそんなことはしません。車は大衆車だそうです。しかも、どこかへ行くときは自分で車のハンドルを握ります。

彼は毎朝、ドライブスルーに寄り、そこで朝食を摂ります。その際、料金は、あの世界の大富豪が、自分の財布から小銭で払うそうです。

日本の大富豪で、そんなことをするのを思い浮かべられますか?

しかも、朝食のメニューは三段階に分け、相場の状況に応じて、上中下に分けるという徹底ぶりです。数十セント単位にこだわっているということです。

彼は毎朝、自分で車を運転してマクドナルドのドライブスルーに寄ります。その際、財布に入れる小銭の額を、その日の朝の相場状況で決めるという徹底ぶりです。

  • 相場が良い時: 3.17ドルの「ベーコン・エッグ&チーズ・ビスケット」という少し豪華なメニュー。
  • 相場が悪い時: 2.95ドルの「ソーセージ・エッグ&チーズ」にランクダウン。
  • さらに悪い時: 2.61ドルの「パティ2枚のソーセージ・マフィン」にするそうです。

バフェットがどうしてそのよなライフスタイルを採るのかは、昨日の本コーナーで書きました。

私がバフェットに学ぼうと思うのは、質素に暮らす姿勢です。

バフェットから見ると、カメラやレンズに大金を費やすのは「無駄」に見えると思います。そして、今使っているカメラとレンズで写真が撮れるのであれば、どうしてカメラやレンズを欲しがるのかと不思議に思われることでしょう。

たしかにそうです。私が今使うEOS RPとRF28ミリがあれば、身の回りのものであれば、不自由なく録れます。

このカメラとレンズを使いながら、APS-Cサイズにクロップすれば、キヤノンの場合は、約45ミリ相当のレンズに似せて使うことができます。普通の個人が身の回りのものを撮るのに、これ以上の何が必要というのでしょう。

バフェットは、米国中西部のオマハに住み、そこで仕事をし続けています。彼がその地を離れようとしないのは、余計な雑音から離れるためと、自分の自由を守り抜くためです。

YouTubeを見れば、新たなカメラやレンズが登場するたびに、YouTuberのレビュラーが、それらを盛んに勧めます。

バフェットから見たら、そんな彼らは「雑音」に思うに違いありません。

バフェットは自分を自由にしてくれる環境で、ひとりの静かな時間を過ごします。彼が求めるのは、読書と思考をする自分だけの時間です。

考えてみると、多くの人が望むような生き方ではないでしょうか?

バフェットは、どこどこの誰々が、これで、大儲けをしたという話が耳に入ってきたとしても、まったく気にかけないでしょう。

カメラに当てはめてみれば、これこれこういう凄いカメラが発売されたと知っても、それで? とまったく関心を向けないはずです。

物への欲がなくなれば、お金のことは考えなくなります。

それよりも、好きなことをして、自由にゆったりと日々を送ることが、幸せを実感できる生き方といえましょう。

そうはいっても、バフェットのようには達観できない私は、これからも、ほかのカメラやレンズに目移りすることからは避けられそうにありません。

ただ、バフェットが示してくれた生き方のエッセンスのようなものを、少しでも自分に取り入れたい気持ちがあることも事実です。