和歌山毒物カレー事件のポイントはヒ素が水に溶けにくいこと

おとといの本コーナーで、私が俄に強い関心を持ったある事件について書きました。それは、今から27年前の1998年7月25日に、和歌山県和歌山市園部地区で起きた「和歌山毒物カレー事件」です。

本事件は、それが発生した日、同地区で予定されていた地区の夏祭りのために地区の住民によって作られたカレーを食べた住民の67人が中毒症状を起こし、そのうちの4人が死亡する被害を出すという大惨事へと発展しています。

警察は、住民が食べたカレーを作った寸胴という大きな鍋に、何者かが無差別殺人の目的で毒物を入れた事件として捜査します。

捜査を始めてそれほど時間がかからず、近くに住む林眞須美という女性を事件の容疑者に特定します。その後、眞須美と夫の健治が、同年10月4日早朝、カレー事件とは別に、保険金詐欺事件の容疑者として、自宅で逮捕しています。

林夫妻は別々の警察で取り調べを受け、妻の眞須美は、カレー事件の犯人として再逮捕されます。そして、裁判の末、眞須美には死刑判決が下され、大坂拘置所に収監されたままです。

私は本事件にちょっとしたことから関心を持ちました。そして、本事件を取り上げたYouTube動画をいくつも見て、本事件の犯人が林眞須美ではないのではないかと考えるようになりました。

以後、林夫妻のことは、呼び捨てにせず、眞須美さん、健治さんと書いていきます。

私は本事件をリアルタイムで知る世代です。当時の新聞やテレビが本事件を盛んに報道していたことを憶えています。しかし、物的証拠などについては、マスメディアが伝えたことを断片的に記憶する程度です。

今になって本事件について書かれたネットの事典ウィキペディアで確認することで、事件発生当初、カレーに混入された毒が青酸カリ(シアン化カリウム)であったことを思い出しました。

当時の新聞にある記事にも、「青酸カレー」といった大見出しが踊っています。

それが、事件発生から8日後の8月2日に、食べ残したカレーから亜ヒ酸ヒ素)が検出されたと警察から発表があり、6日には、カレーに混入された毒物がヒ素に変更されています。

林眞須美さん宅を80人規模の警察官が捜索しますが、事件に使ったとされたヒ素が、捜索開始から3日目までは見つかっていません。それが、同宅の台所で発見されたのは捜索開始から4日目のことです。

健治さんは、のちに出演したYouTubeチャンネルの動画で、警察が発見したとされたヒ素を入れたタッパは見たことが一度もないものであったことを語っています。

ただ、台所で発見したとされているタッパについては私はよくわかりません。ウィキペディアにある記述を信じると、タッパそのものは4日目以前に見つけたものの、眞須美さんか健治さんによってか、「証拠隠滅」のために、中を空にしてあったと思われなくもありません。

ということは、4日目にして、その空と思われたタッパから、それまで肉眼で確認できなかったごく微量のヒ素が検出されたということ(?)でしょうか。

それとは別に、林家族の家が園部に引っ越すまで住んでいた旧宅は、林家と交流があった知人が替わって住むようになっています。その旧宅のガレージには林家の荷物が残されたままだったそうです。

なお、健治さんは、園部に引っ越す3年前にシロアリ駆除の仕事を廃業しています。そして、シロアリ駆除のために使ったヒ素は、実兄が家で保管していたことがあとで実兄の申告でわかっています。

カレーに混入されたのがヒ素とされたわけですが、私はヒ素の現物を見たことがありません。

警察では、眞須美さんが自宅にあったヒ素を紙コップに入れて、カレーを作った鍋の中に混ぜ入れたとしています。

また、警察が眞須美さん宅から発見したというヒ素は、タッパに入っていたことから、粉状であろうことを私は想像しました。

眞須美さんがそのタッパから紙コップにヒ素を移し、それを持ってカレー鍋に近づき、誰にも見られないように、粉末状のヒ素をカレーに混入させたと見ていることになります。

健治さんがシロアリ駆除の仕事をしていたときは、シロアリを駆除するためのヒ素を必要としたことはわかります。しかし、すでにかいてように、園部へ引っ越す3年前に、健治さんはシロアリ駆除の仕事を廃業しています。

であれば、園部の林家に、ヒ素を保管しておく理由はないことになります。

本動画は、おととい、本事件を初めて取り上げた時にも紹介しました。健治さんがヒ素の性質について語る部分からご覧下さい。

「和歌山毒カレー事件!林眞須美死刑囚の夫・健治氏が冤罪を語る①」林眞須美死刑囚の夫・健治氏が事件から23年目の逮捕日に語った当時の県警・検察の捏造・脅迫を語る。冤罪の執行はあっていけない

私は上の動画の箇所を見たときも、不覚にも、そのヒ素が粉末であるように考えていました。

昨日、本事件の捜査で目撃したことを警察に話した少年にインタビューする動画を見ました。動画では、事件当時の少年を「工藤裕也」という仮名にしています。工藤とされた少年は、定時制高校に通う16歳でした。

#6【“消えた目撃少年”の真相】/訴えられた相手は林眞須美/事件当日、目撃したこと/なぜ証言台に立たなかったのか?/22年越しに事件について語る理由【和歌山毒物カレー事件】

私は本動画を興味深い思いで見ました。本動画は今から5年前に作られたものです。事件から22年経ち、16歳だった少年が38歳の時のインタビューです。

本動画で描かれていることは、別に改めて取り上げようと考えています。

今回は、本動画を見た人が書いたコメントに注目します。本動画は多くの関心を呼んだようで、コメントの数も1900に達しています。それらに目を通し、いくつか、気になるコメントを見つけました。

そのひとつが、次のコメントです。

和歌山毒物カレー事件関連YouTube動画より、ヒ素に関するコメント

コメントを要約します。本コメントを寄せた人も、当初は粉体のヒ素を想像していたそうです。その人が見た動画がどれかはわかりませんが、その人が見た動画で健治さんが、「乾くとネバネバになる」といっていることから、「ヒ素と接着剤のような有機溶剤を混ぜた液状の混合物」であるのではと考えを変えたとしています。

その上で、それが林家にあったヒ素であるのであれば、液状のヒ素は、カレー鍋に入れても、均一に混ざることはないのではと推理しています。

このコメントを目にしたあと、本ページに埋め込んだ健治さんへのインタビュー動画で、健治さんがヒ素について語る部分が重なりました。

健治さんがシロアリ駆除に用いるヒ素は、「水分に溶けにくい」と述べています。

駆除するためのシロアリはどんなところにいるでしょう。アリですから、地面の平らなところばかりでなく、家の中の床下にある、柱や板の裏にも張り付くことができるでしょう。

そんなシロアリを駆除するのに、粉末のヒ素を噴霧しても、ヒ素は固着しないのではないかと想像します。

健治さんはその経験から、次のように具体的に述べています。

ヒ素に液体がパッとかかった瞬間、そのヒ素は接着剤になってしまう。ペターッとひっついてしまう。チューインガム以上に、ひっついたら取れない。だから、水害で床下浸水しても、ヒ素は流れない

この部分をもう一度聞き、また少し、私の考えが変わりました。

健治さんがシロアリ駆除に使ったヒ素は、粉状であったかもしれない、と。その粉状のヒ素を、シロアリの通り道のようなところにつけたあと、すぐに液体を吹き付けることで、粉状だったヒ素がその箇所に接着剤でつけたように粘り着いて、水害があっても落ちないようにできるのかもしれない、と。

健治さんがヒ素の性質について語っています。ポイントは、ヒ素が粉状であるときは、水分に溶けにくいことです。だから、上にも文字に書いたように、「液体がかかった瞬間に、チューインガム以上に、ひっついたようになり、水害に遭ってもはがれない、接着剤のようになる」というわけです。

そのような性質を利用して、シロアリ駆除に使っているというわけです。

だから、もしも紙コップに粉状になったヒ素を入れて持って行って、誰にも見られないようにカレー鍋へ入れることができたとしても、それをカレールーにまんべんなく溶かすことはできなかったことを想像する必要があります。

あの事件では、亡くなった4人のほかに、60人以上が毒による中毒症状を起こしています。ということは、大きなカレー鍋の中で、混入された毒物がヒ素であれば、まんべんなく、長い時間かけて攪拌しなければなりません。

そんなことをもしも眞須美さんがしたとすれば、鍋の中のカレーを攪拌する様子を誰からも目撃されないことはなかったでしょう。しかし、そのような目撃証言はありません。

このことに、警察と検察、裁判所は注目しなかったのでしょうか。

ここが本事件の一番のポイントであるように私は考えます。そして、本当に使われた毒物がヒ素だったのかという素人なりの疑いを持たざるを得なくなるのです。

この続きの、私なりの「考察」は、本コーナーで次回以降続けられればと考えています。