前回の更新で、付随する話題として、「和歌山毒物カレー事件」について取り上げました。当時のことを知る人は、あの事件のことを記憶しているでしょう。
私も記憶します。しかし、今になって振り返ると、大きな力によって作られたストーリーに乗っかった理解しか持っていなかったことに、事件発生から27年目にして思い知らされました。
この事件については、以前から、冤罪ではないかという話は聞いていました。しかし、私自身は、作られたストーリーから抜けていないこともあり、それを疑うことができませんでした。
昨日の早朝、朝食を摂りながら元刑事の佐藤誠氏が本事件について語る動画を見て、本事件に俄然興味を持ちました。
そのあと、「密着1DAY」というYouTubeチャンネルが独自に取材された動画を5本見ました。
2本は、本事件は無罪であると信じ、再審を求めて活動されている石塚伸一弁護士が、本事件について語る動画です。
そのあとに、死刑囚として収監されている林眞須美さん(敢えて「さん」づけて書きます)の長男と、毒が混入されたとされたガレージと自宅跡(自宅は放火されたそうで、今は空き地となっています)のあたりを歩きながら、いろいろと考えを訊く動画を見ました。
残りの2本は、眞須美さんの夫の健治さんに、本事件について、心の内を語ってもらった動画です。
これらの動画を見て、私は反省しました。今の今まで、本事件の真相に向き合ってこなかったことをです。
すべて、眞須美さんの身内と、眞須美さんを支援する石塚弁護士が語る動画です。ですから、眞須美さんに偏った話になることはわかります。しかし、それを差し引いても、眞須美さんが本事件では無罪であろうことを私も直感します。
石塚弁護士が、法律家として「無罪」の意味を解説しています。無罪というのは、その犯行を犯していないことではないそうです。有罪を立証できない場合が無罪になるのだそうです。
5本の動画で語られていることを聴くと、いかに、当時の警察と検察、そして、裁判になってからの裁判官が、真実と向き合わなかったかがわかります。
その事件が起きたのは、1998年7月25日です。その日は土曜日でした。林さん一家が暮らしていた和歌山県園部地区では、地区の住民による夏祭りが開かれる予定でした。
集まる住民をもてなすため、地区の住民の主婦らによって、朝からカレーが作られました。そのカレー鍋はふたつあり、そのひとつの鍋に毒物が混入され、それを食べた住民の60人以上が中毒症状を起こし、真っ先に食べた、自治会長と副会長、小学4年の男子児童、高校1年の女生徒の4人が死亡しています。
健治さんの話では、自治会長と副会長は、地区周辺の開発に反対の立場を採っていたということです。それが事件に関係あるかどうかはわかりません。
当番の主婦らによって、当日午前8時30分頃からカレー作りが始まっています。一班の班長だった眞須美さんは、当時に病院に入院していたのか、午前8時半頃まで、病院で精密検査を受けたそうです。
それが終わって家に戻ったあと、祭り会場の隣でカレーを作るガレージへ行くと、カレー作りに加わった付近の主婦十数人がいました。
眞須美さんがカレー作りをサボったと思い、眞須美さんへの対応はあまり良くなかったようです。眞須美さんは日頃から近所の主婦らと良好な関係でなかったのか、眞須美さんが現れるまでは、主婦らが悪口をいっていたようです。
正午頃からは、カレーが入った鍋を主婦が交代で見張ることになっていたそうです。
本事件について書いたネットの事典ウィキペディアによると、眞須美さんが午後0時20分頃から午後1時ぐらいの間、独りでカレー鍋を見張っていたと書き、その間に、自宅から紙コップに入れて持ってきた亜ヒ酸(ヒ素)をカレー鍋に入れた、云々と書かれています。
眞須美さんの当時の仕事は、日本生命保険の外交員です。ですから、ヒ素に関する知識はなかっただろう、と夫の健治さんが動画の中で話しています。
夫の健治さんはシロアリ駆除を仕事にしていたため、その駆除に使うことがあるヒ素は扱い慣れており、ヒ素がどのような性質を持つかを熟知しています。
事件のあと、眞須美さんを容疑を疑った警察が、数十人規模で自宅を捜査しています。自宅の台所からタッパに入ったヒ素を見つけていますが、それが見つかるまで4日もかかったそうです。
しかも、警察が見つけたという容器を、健治さんはそれまで見たことがないと語っています。また、タッパには「シロアリ駆除」と書いてあったそうですが、健治さんが容器にヒ素を入れるときは、そんなふうには書かないそうです。「重(おも)」と書くそうです。
シロアリ駆除の仕事をする人は、みんな、ヒ素をそのように呼ぶとのことでした。
眞須美さんがカレー鍋の蓋を開け、紙コップで何かを鍋の中に入れた場面を、真向かいに住んでいた女子高生が二階の窓から目撃したとの証言があります。
そのさい、湯気のようなものが立ち上り、眞須美さんが体をのけぞらせたとも証言したようです。
しかし、上空から撮った航空写真で確認すると、その家の二階から向かいのガレージを見通すことができなかったことがわかったとされています。
なぜなら、その間には生い茂った木があったことがわかったからです。
また、ヒ素を入れた直後に湯気が立ち上ったのであれば、ガレージの天井からヒ素が検出されるはずです。それは検出されていないようです。
また、眞須美さんの髪の毛からもヒ素は検出されていません。事件から9日ほど経った事典で、毒物の分野で権威を持つ山内博氏に依頼し、一度は、眞須美さんの右側の髪の毛からヒ素の成分が確認されたとされていますが、その後、再審手続きに協力する専門により、それが否定されています。
ヒ素の扱いに慣れた健治さんによると、ヒ素は水分に溶けないので、カレーが入った鍋に入れたら、ヒ素だけが団子のような塊になると話しています。
だから、午後0時20分から午後1時の間に眞須美さんがカレー鍋にヒ素を混入させたのだとしたら、鍋の中で塊になったものを食べないだろうと話しています。
健治さんの予想では、鍋にヒ素のような毒物が入れられたとしたなら、食べ始める直前ですから、午後6時頃ではないかとしています。
死刑の判決が出て収監されている林眞須美さんが無罪であることがわかったら、裁判所、検察、警察、そして、当時、眞須美さんを犯人と決めつけて報道したマスメディアは、どのような立場に置かれるでしょう。
再審を求める石塚弁護士は、法を守るために戦っていると述べています。本事件が冤罪であることを認めてもらわなければ、法の信頼が失われてしまうと強い危機感を石塚氏は持たれているということです。
袴田事件(1966)も、実に長い時間ののち、冤罪であったことが証明されました。袴田事件を報じたマスメディアは、その事件が起きた当時は、袴田巖さん(1936~)を犯人だと決めつける報道をしたのではありませんか?
そんなことをすっかり忘れ、袴田さんに罪を着せた検察を批判する報道をしました。
同じことを、マスメディアはまたも繰り返そうとしています。
本事件がひっくり返ったとき、マスメディアがどのような報じ方をするか、よく見ておいてください。
本事件について語る元刑事の佐藤誠氏は、毒物をカレー鍋に入れるのに、紙コップを使うなんてことは絶対にないと断定しています。そのひとつを採っても、当時の目撃証言があてにならないことがわかります。
