執念の果て 清張『犯罪広告』

数日前、名古屋で26年前に女性が殺害された事件の容疑者とされる女性が警察に自首することが起き、世間を驚かせています。

本事件については、本コーナーでいずれ取りあげることがあるかもしれません。本出来事で印象に残ったのは、殺害された女性の夫が、妻の無念を晴らすため、四半世紀にわたって執念を燃やし続けたことです。

事件現場のアパートには、何者かの血痕が残されました。被害者の夫は、その血痕が、のちのち犯人確定の決め手になると信じ、使わないアパートを事件後、26年間借り続けました。そのためにかかった費用は2200万円にもなったそうです。

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その一方で、事件解決のため、情報提供を求めるビラ配りを長年にわたってしています。それが20年以上続けても事件が解決されなければ、自分のしていることがどれほど意味のあることなのかと自信をなくすこともあったのではないかと思います。

本事件の報道に接し、最近読んだばかりの松本清張19091992)の中編小説が重なりました。

読んだのは、清張の中編小説を3編収めた『黒の様式』に収録される『犯罪広告』です。同じ中編集からは『歯止め』を本コーナーで紹介しました。

『犯罪広告』は、『週刊朝日』に、『歯止め』に続き、1967年3月3日号から4月21日号まで連載されています。

本作品の主人公は、神奈川県小田原にある印刷所で印刷工をする末永甚吉という男です。年齢は27です。甚吉は、子供の頃に住んでいた南紀にある阿夫里(あぶり)という人口7千人の蜜柑栽培と漁業の町で、家々に活版印刷した広告を投げ込みます。

甚吉が投げ込んだその紙には、20年前に自分の母親のセイが、阿夫里に今も住んでいる池浦源作に殺され、池浦の家の床下に埋められているとする告発文が長々と綴られていたのでした。それが一度だけでなく、続きものの告発文が三度投げ込まれました。

甚吉の母緒セイは、甚吉と妹を産んだあと、夫に先立たれます。甚吉が4歳のときに、源作と同棲を始めます。源作の目当ては、セイが貯めていた小金でした。

その同棲の3年目、母親のセイが突如消えます。母親が消えた日の夜のことを甚吉が記憶しています。源作が激しい剣幕でセイに暴力を振るっていました。

甚吉は妹とふたりで、母への暴力をやめてくれるよう、泣きながら止めようとします。しかし、子供ふたりではどうしようもありませんでした。

甚吉は、源作がセイを殺す現場を見たわけではありません。しかし、母親がふたりの子供を置いてどこかへ行くはずがありません。そのセイが、その夜を境にぷっつりと姿を消したことから、源作に殺されたのに違いないと心に刻みます。

セイは、源作が今も後添えの女と暮らす家の六畳の床下に埋められていると考えています。

昔は殺人事件に時効がありました。甚吉の母に起こったのが殺人事件であっても、時効は15年で、それが起きて20年経つ今となっては、源作の罪を問うことはできません。

甚吉は、源作を罪に問えなくても、せめて、土の中に埋められたままの母の骨を掘り起こし、供養してやりたいという強い思いを持っています。

証拠がなく、しかも20年も前のことなので、警察に訴えても動いてくれません。そこで、自分が子供の頃に母と暮らし、母の骨が埋まっていると信じる源作の家がある阿夫里の住民に、それを告発し、住民の力を借りて、源作の家の床下を掘ることが実現できるよう、告発文を地域住民の家に投げ込んだのです。

甚吉の執念が、名古屋で実際に起きた事件で被害者の夫となった男性の執念に通じるものを感じ、本更新をしました。

源作が手を回して、甚吉が働く小田原の印刷所の経営者に、甚吉が狂人であると信じ込ませ、精神病院へ入れたりします。だから、阿夫里の住民も、甚吉の行動は、頭のおかしさから起きたことという印象が持たれます。

しかし、甚吉が阿夫里の幼馴染みの協力も得て、源作の家の床下を掘って、セイの骨が本当に埋まっているのかの確認作業が警察の指揮の下行われる運びとなります。

床下の内の中から、甚吉が主張するように、セイの骨が本当に見つかるのかなどの結末は、本作を読んで確認してください。

26年前の名古屋の事件では、被害者の夫の執念が見事に実りそうな形です。本日の新聞が報じるところによれば、犯行時、容疑者の女は手に怪我をしたそうです。

その血痕の跡を、被害者の夫は26年間、保存し続けたのです。誰にでもできることではありません。

架空の話ですが、甚吉の20年にわたる執念は甚吉に良い結果をもたらすのでしょうか?