人間はいくつになっても、子供の頃の記憶を、本能として持ち続けるものでしょうか?
こんなことを考えさせるのは、我が家の愛猫・新入りおチビちゃんのおてんばちゃんです。
私の家では私が子供だった頃から、いつも身の周りに猫がいました。私が生まれて初めて飼った猫のことは憶えていません。気がつくと、自分の周りにいた感じです。
今までに何匹の猫に接したか、わかりません。百匹とはいわないまでも、十匹ではとてもとても足りません。二十匹でも足りません。
飼っている猫が出産し、その子猫を飼うことも随分しました。
そんな私の「猫遍歴」でも、おてんばちゃんは、これまでにいなかったタイプの猫といえましょう。
誰かからもらったわけではありません。稲の猫が出産して生れたわけでもありません。昨年の10月のある日、突然現れ、そのまま家の猫になってしまったのです。
だから、今年の3月末頃、昔から診てもらっている動物病院へ連れて行き、おてばちゃんの避妊手術をしてもらおうと思ったとき、獣医師に生年月日を尋ねられても答えられませんでした。
わからないからです。
昨年生まれたことは間違いありません。現れたときはまだ子猫でした。ただ、生まれてどのくらいか、正確に答えることができません。
10月の中頃であのくらいだったということは、生まれて2カ月にすれば、8月半ばのうまれになり、3カ月であれば、7月半ばになってしまいます。
仮に昨年8月半ばの生まれとすれば、今は5月下旬ですので、生まれて9カ月ぐらいということになります。
生まれてそのぐらい経っても、おてんばちゃんには、子猫のときの記憶が本能として残っているようです。
生れたばかりの子猫の本能といえば、母猫のおっぱいにむしゃぶりつき、両手で母猫のおっぱいを交互に押し、おっぱいをお腹いっぱい飲むことです。
関東南部の当地は、先週、夏のような暑さの日が何日か続きました。そのため、私は夏掛けを出しました。代わりに、冬の厚い布団はしまいました。
すると今度は、また気温が下がってしまいました。薄い毛布はしまっていないので、毛布と夏掛けを重ねて使っています。
私が使う夏掛けはふわふわした造りです。その感触がおてんばちゃんに、どこにいるのかわからない、おてんばちゃんの母猫のおっぱいを思い出させたようです。
おてんばちゃんは、ふわふわの夏掛けにのると、喉を鳴らし、母猫のおっぱいを両手で押すような仕草をします。そして、その夏掛けの上で眠ってしまうのです。

その様子を見て、本コーナーの冒頭に書いたことを考えました。
現実的にはあり得ませんが、おてんばちゃんを産んだ母猫が、おてんばちゃんのそんな様子を見たら、愛おしくなるだろうと思います。
おてんばちゃんが見せる仕草から、もしかしたら、人間も、子供の頃や幼児の頃の記憶が本能に、いつまでも残り続けるのではと考えたりしました。
根拠はありません。おてんばちゃんをみて、そんなことを考えただけです。
