私が今、Amazonの電子書籍版で適用されるKindle Unlimitedというサービスを利用していることを本コーナーで書きました。
本サービスは、図書館で本を借りるような感覚です。公立図書館で本を借りる限り料金は発生しません。Kindle Unlimitedも、それに対応した書籍であれば、何冊読んでも料金はかかりません。
その代わり、本サービスを利用するにために、サービス利用料として月額980円収める必要があります。
私は本サービスを無料で利用できる権利を得ています。その期間が来月上旬で切れます。それまでに、読めるだけ読んでおこうと、今回は、アーサー・コナン・ドイル(1859~1930)のシャーロック・ホームズシリーズだけをその時間にあててきました。
本作は英語で書かれており、日本語に翻訳された版が何種類もあります。
ホームズ物は長編が4作品ありますが、今回のKindle Unlimited利用期間に、新訳版ですべて読みました。また、短編は全部で56作品あり、それらは次の5冊の短編集に分けて収録されています。
私が確認した限りでは、短編集の最後となる『シャーロック・ホームズの事件簿』だけがKindle Unlimitedの対象書籍に含まれていません。
ホームズ物を手掛けたコナン・ドイルにしても、結果的に、長短合わせて60作品も書くことになるとは思ってもいなかったでしょう。同じキャラクターをベースにこれだけの作品を書いたことで、ホームズやワトスンが、自分の分身のように感じられたかもしれません。
私の感想では、短編集の一作目と二作目ぐらいまでがシンプルな作りで、読みやすく感じます。逆に後半になるほど、複雑にしようという思惑が感じられ、読んでいてすっきりしないところがあります。
二番目の短編集に収められた作品に『黄色い顔』(1892)という短編があります。本作は人種問題が絡むこともあってでしょう。本シリーズをジェレミー・ブレット(1933~1995)のホームズ役でドラマ化したとき、本作はドラマ化されていません。
ホームズ物は事件をホームズが推理して解決する形式です。事件の実体はさまざまです。非常に血生臭いものもあれば、その反対のものもあります。
二番目の短編集は、一度読んだあと、新訳版でもう一度読んでいるところです。
『黄色い顔』では殺人事件は起きません。
ホームズに調査を懇願するのはマンローという実直そうな若い男です。マンローにはエフィという恋女房がいます。ふたりは互いを愛しています。ふたりの間に子供はまだいません。
マンローはエフィとこれまで、幸せに暮らしてきました。それが、少し前から、エフィの様子に不可解なことが見られるようになります。謎は深まるばかりで、マンローは極度のノイローゼ状態となり、藁(わら)にも縋(すが)る思いで、ホームズに真相の究明を求めるのです。
それが始まったのは、マンロー夫婦が住んでいる近くにあるコテージに、誰かが住み始めてからです。
マンローは、自分の家の近くに住み始めた隣人に挨拶でもして、仲良くやっていこうと考えます。しかし、玄関から顔を出した女性はつっけんどんな態度で、取り付く島もありません。
帰りしな、マンローがその家を何気なく見かけると、二階の窓に人影を感じます。
その人影の顔が黄色いに見えたような気がし、異常なものを見た気になります。マンローが下から見ていることに気がついたようで、その人影は窓から離れ、姿を隠してしまいます。
そのときのことが気になっていたマンローがまたその家の前を通りかかったとき、玄関から妻のエフィが飛び出してきます。エフィは、マンローがそれに気がついたことを知ると、とても驚きます。
ある夜更け、マンローが目を覚ますと、隣のベッドにエフィがいません。マンローがそのことに気づかないようにしていると、エフィが戻って来て、マンローが気づいていないか探りながら、ベッドにそっと戻りました。夜中に出かけなければならない用事が妻にあるわけがありません。
あくる日、そのことを妻に訊きますが、妻は正直に答えてくれません。
ほかにも、100ポンドが必要になったからとエフィに頼まれ、大金を融通してあげることもありました。使い道を訊いても、エフィから納得できる答えは得られません。
エフィはマンローを愛しているといい、マンローが自分を愛してくれているのなら、何も訊かず、自分を信じて欲しいと頼みます。
この「謎」にホームズが挑みます。しかし、ホームズをもってしても、マンロー夫婦に起きた「謎」を解き明かすことはできませんでした。真相は、エフィが真実を話すことで明らかになります。
真相を知ったとき、読者は感動で胸がいっぱいになるでしょう。私も心の奥がジンとしました。
本短編作品を読んだことがない人は、一読されることをお勧めします。
だからといって、このところ流行りとなっている、多様性に寛容であれ云々といった説教じみた考え方に組するつもりはありません。
純粋に、創作物に接することで生じた感動に真っすぐ向き合ってください。
